近年、大手企業の参入が相次ぐ水産物の「陸上養殖」。年々漁獲量が減りつつある天然モノ、異常気象などにより打撃を受けることも多い海面養殖を補う、新たな技術として注目を集めている。この陸上養殖は、電力(Power)を食品(Food)に変換(transform)し、テクノロジーによって管理・制御がしやすく、人材不足への対応や労働環境の改善も図れるため、スマート養殖と呼ばれている。関西電力グループは、一見本業から遠いと感じるこの陸上養殖事業に参入したが、なぜ参入を決めたのだろうか。
まず、水産業が抱える課題を整理してみよう。1つ目は全世界で健康志向の高まりや経済発展を背景に、水産物消費量が右肩上がりの状態であるが、天然漁獲量は横ばいであり、このままでは、将来の水産物需要を支えられない恐れがあること。2つ目は天然を補う海面養殖は素晴らしい技術であるが、適地の減少に加え外部環境に左右され供給量が不安定であるため、水産物需要を完全に補うには至っていないこと。3つ目は水産の現場において、危険作業による労働災害や不規則な勤務時間による後継者不足などの問題が発生していることである。
海水魚も育成可能
このような社会課題の解決に寄与するのが、次世代型水産業として注目される陸上養殖だ。文字通り、陸上で淡水魚だけでなく海水魚も養殖できる技術である。建物内の閉鎖された設備の中で、育成水を脱窒・ろ過して再利用する閉鎖循環式であれば、病気の流入を防ぎ、台風や赤潮といった外部要因に左右されることなく、安定して水産物を生産できる。しかも、育成水をかけ流しではなく再利用することで、取水ならびに排水が最低限となるため、水資源が有効に活用でき、周辺環境への影響も少ない。また、建物内の安全な環境下での育成作業は、昼間の就業、軽作業が中心であり、通常の工場に勤務するようなイメージで安心して働くことができる。閉鎖循環式陸上養殖は、持続的な生産、環境負荷低減、働きがいを生むという点で、サステナブルな技術であると言えよう。
AIでコスト削減
当然、メリットばかりではない。設備の初期投資や維持費、育成のためのエネルギーコストが多く必要であることはデメリットである。このデメリットを補い、事業採算性を確保するため、閉鎖循環式陸上養殖においては、IoTやAI(人工知能)によるコスト低減とトップライン拡大が欠かせない。水槽設計やろ過技術などによる省力化はもちろん、陸上であることを生かし、水産物の状態や水温・溶存酸素などの変化を詳細に読み取り、育成環境の最適化や適切な給餌・清掃を行うことが肝要である。
こうすれば、エネルギーコストや餌代などが低減でき、同時に、育成期間の短縮、生産量の増加、品質の向上、高付加価値化を通じて売り上げアップも図れる。
この連載では、陸上養殖におけるテクノロジーとDX(デジタルトランスフォーメーション)について紹介する。例に挙げるのは、関西電力が立ち上げた海幸ゆきのや合同会社が、2022年7月に静岡県磐田市で操業開始した陸上養殖プラント。エビの陸上養殖としては国内最大級の設備が、どのように構築されたのか、育成環境の最適化や適切な給餌・清掃のため、実際どのような工夫を行っているのか、詳しく説明していきたい。
電気新聞2022年10月3日