地球温暖化による気候変動、新型コロナウイルスの感染拡大、ロシアのウクライナ侵攻などを背景に食料とエネルギーの安全保障の重要性が増大している。就農人口の激減で危機的な状況にあるわが国農業の持続的な発展と成長産業化を図るためには、食料サプライチェーンの各段階におけるイノベーションが不可欠である。そこで、「食」に焦点をあて「生産、調理、消費」における電力中央研究所の取り組みを5回連続で紹介する。
60年以上にわたる農業電化研究
当所の農業電化研究の歴史は長く、1957年の「農電研究所」設置以降、60年以上にわたって研究を積み重ねてきた。直近10年の研究の柱は、LEDとヒートポンプの利用技術の開発である。
LEDは人工光植物工場での重要性が増しており、当所は連携機関とともに植物工場野菜の付加価値や採算性の向上に資する基礎研究を進めてきた。
その結果、LEDの波長や光強度を制御することでレタスの代謝物蓄積パターンを操作できることを解明し、味や健康に関わる有用代謝物生産を自在に操る技術につなげられる見通しを示した。ヒートポンプは、温風暖房機やボイラーに代わる高効率の温熱源としてだけではなく、冷却や除湿が必要な過程でも活用できる多機能性を持つ。当所は新たな利用方法を研究し、秋季や春季のトマト栽培では、間欠運転で温室内を除湿することで病害を抑制できることを示した。
直近の取り組みを2件紹介する。
1件目は、脱炭素社会に向けた先進的な植物工場技術を紹介する。当所とネクステムズおよび佐賀大学は、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)からの委託研究として「植物工場向けDR・生育維持システムの基礎技術開発(委託期間2021~22年度)」を実施している。具体的には、宮古島に再生可能エネルギーで稼働する植物工場を設置し=写真1、DR(デマンド・レスポンス)発動時に想定される条件で植物工場内の環境変化や植物への影響についての基礎データを取得・評価=写真2。蓄電池を活用した低電力運転時の環境制御や停電時のLED微弱光照射など植物工場側での対策技術を開発中である。
植物工場用のEMS開発
また、電力系統の需給バランスの維持に貢献するため、野菜の成長への影響を最小化しながら、植物工場内の空調・照明などの稼働、負荷を調整する植物工場用エネルギーマネジメントシステムを開発。需給調整力を持った小規模植物工場の離島モデルを構築する予定である。さらに、電力系統の調整力リソースとしての植物工場のポテンシャル評価を行い、植物栽培への影響と調整力リソース効果の明確化、および対策技術の基盤構築を目指している。
2件目は、QD(量子ドット)を用いた人工光植物栽培への挑戦である。QDは、量子閉じ込め効果により、小さいエネルギーロスで光の波長変換が可能であるため、植物の成育に適した波長=色の光による効率的な人工光植物栽培への応用が期待できる。試作QDシートを透過させて青色LED光を緑または赤色光に変換して=写真3、コスレタスを栽培したところ、問題なく成育することが分かった。一方、励起光の多くがQDシートに反射・吸収されて変換効率が低いという課題も抽出され、QDと励起用光源を一体とするパッケージ化の必要性を示した。
【用語解説】
◆量子ドット(Quantum Dot、QD) 直径が2~10ナノメートルの特殊な半導体。量子ドットの発光波長は、粒径を変えるだけで変更可能であり、粒径が小さくなるほど波長は青側になり、大きくなると赤色側になる。
◆デマンド・レスポンス(Demand Response、DR) 電力の需給バランスを調整するための仕組み。IoTなどの最新技術で需要家側エネルギーリソースを制御し、電力需要パターンを変化させること。
電気新聞2022年4月11日