◇有識者座談会(上)から続く


◎国際戦略の視点重要 牧之内氏/投資促す環境整備を 佐々木氏

▼原子力、石炭の今後

牧之内 芽衣氏
牧之内 芽衣氏

 司会 エネルギートランジションにおいては石炭の扱いが重要なポイントになりますが、どう見ていますか。

 杉村氏 国際的に脱石炭の風潮が強まっており、いずれは原子力よりも石炭に対する抵抗感が強まるのではないかと感じています。炭鉱を閉鎖する動きが出ていることに加え、銀行が石炭産業にはお金を貸さなくなっています。原子力の再稼働は時間がかかってもある程度進むと思いますが、40年の時点で日本は石炭を安定的に確保できているのか、とても心配しています。今のうちから戦略を立てておくべきではないでしょうか。

 有馬氏 欧州やバイデン政権の米国のように石炭をやめようという議論はありますが、中国、インド、インドネシアでは石炭生産をやめる機運にはなっていません。それは国内のエネルギー需要が増えており石炭火力が必要だからです。従って、日本が石炭を確保できないということはないと思います。また、日本の石炭火力は超々臨界圧(USC)で発電効率が高く、CO2は排出しますが排ガスはクリーンです。電力安定供給確保のためにも必要なインフラであり、日本にある高効率の石炭火力がすぐに使えなくなることもないと思います。

 佐々木氏 今、世界では原子力やLNG火力の需要が高まっています。LNG需給は26年を過ぎるといったん緩和するものの、30年以降は逼迫すると見ています。原子力は、50年までにおおよそ200基分の設備量に相当するポテンシャルがあるとする米国をはじめ、欧州、アフリカや東南アジアでも新規建設の動きが出ていて、原子燃料が足りなくなる可能性があります。その時、石炭火力が再び脚光を浴びると考えており、日本の生命線だと捉えています。日本は石油危機を契機に石油の備蓄をしていますが、石油火力は縮小してきたため、サプライチェーンが途絶えてしまいました。石炭を石油の二の舞にしてはいけません。

 司会 第7次エネ基で脱原子力の呪縛が解けたということですが、それで実際に原子力利用が進むのでしょうか。足元では再稼働審査の遅れや、事故発生時の損害賠償制度を巡る問題もありますが、事業者はどう考えているのでしょうか。

 佐々木氏 原子力については再エネとの二項対立から脱却して最大限利用する方針が示され、第6次エネ基から大きく前進しました。位置付けをしっかり明確化することがまずはベースになります。リプレースについては、今まで同一サイト内に制限されていましたが、同じ事業者の別サイトでも可能になり、そういう意味では進めやすくなりました。

 杉村氏 原子力を活用していくうえでは前進といえますね。ただ、震災以降、再稼働までに10年以上を要している発電所もあり、審査には相当な時間がかかっています。要因は何なのでしょうか。

 佐々木氏 再稼働も含め、原子力を取り巻く環境には様々な課題があります。一つは規制当局のあり方。米原子力規制委員会(NRC)は1979年のスリーマイル島(TMI)事故後に規制を強化しましたが、効率性や合理性が欠如していたことから、電気料金や国力への影響を懸念し、効率性・経済合理性を強く意識するようになりました。一方、日本の規制は安全性を重視するあまり、そのような観点が排除されています。審査の論点を明確にし、効率性・経済合理性を踏まえた審査を行っていただくよう、事業者としても働きかけを行ってきました。最近では、規制当局とのコミュニケーションが改善しつつありますが、今後も対話を重ねていきたいと考えています。
 もう一つは原子力損害賠償の問題。海外と異なり日本では事業者が無過失・無限責任を負っています。これでは民間企業が原子力事業を担うことは難しく、投資のハードルも上がります。米国ではビッグテックといわれる民間企業が、安定的な脱炭素電源を調達する狙いで、廃止された原子力の再稼働やSMR(小型モジュール炉)の新設に乗り出しています。それは事業予見性があるからできることです。原子力に投資しやすい環境の整備を、引き続き政府に訴えていくつもりです。

 有馬氏 現在の日本の原子力規制は、米国などに比べると効率性を考慮しているとは思えません。「原子炉が止まっていれば安全」という感じすらあり、合理化が必要です。天変地異であっても事業者に全責任が行くような無過失・無限責任を基本とする原子力損害賠償法も見直さないといけません。また、電力自由化により普通の企業になった電力会社に巨額の原子力投資を求めるのであれば、やはり再エネ並みの政策インセンティブを設けないと無理でしょう。政府がやるべきことはたくさんあります。

 杉村氏 原子力の再稼働は、最終的に誰がゴーサインを出すことになっているのでしょうか。

 佐々木氏 法的な手続きとして、事業者が原子力規制委員会の許可を頂くことが必要です。再稼働には地元のご理解も必要となりますので、立地県の知事や地元自治体の了解を得てからになります。

 杉村氏 再稼働に関して最終的に政治的な責任は誰が負うのか、非常にあいまいな状況に見えます。国全体のエネルギー政策について、首相や経済産業相ではなく、都道府県や基礎自治体の首長に最後の判断を委ねるのは正しいあり方なのでしょうか。しかも、いざ事故が起きたら事業者だけが無限に責任を負うことになっています。こうした問題については国民全体でしっかりと考える必要があると思います。

▼日本経済とGXの関係

佐々木 敏春氏
佐々木 敏春氏

 司会 GXを追求した結果、エネルギー価格が大幅に上がり、経済が壊滅するとしたら本末転倒です。GXと経済の関係、エネルギーコストを巡る問題についてどうお考えでしょうか。

 有馬氏 GXは地球温暖化防止を目的とするものですから、日本だけではなく、国境を越えて地域として効果的に取り組む発想が必要です。優れた技術を海外展開できれば日本の産業も潤います。その意味で、岸田前首相が始めたアジア・ゼロエミッション共同体(AZEC)は良いイニシアチブだと思います。例えば、アジア地域のカーボンマーケットを発展させていけば、安いクレジットを使いながら全体としてより経済合理的に排出削減ができるでしょう。

 牧之内氏 電気・ガス、ガソリンの補助金については反対です。もともと激変緩和のためということでしたが、エネルギー自給率と円安が改善しない限り価格は高騰したままです。このままいつまでも補助金を続けるのでしょうか。また、補助金でエネルギー価格が抑えられると、省エネや効率化のインセンティブが働かなくなるほか、化石燃料への依存が続くことにもつながります。生活を守る視点は重要ですが、補助金とは別の形で支援した方が良いと思います。
 脱炭素化の取り組みはエネルギーコストの上昇を招き、その影響は所得が低い世帯ほど大きくなります。そういった世帯にも負担をしてもらいながら脱炭素化を進めるのですから、弱者保護の観点からも政府はコストについて十分に説明する責任があるでしょう。

 司会 エネルギーコストを巡る問題は、あまり一般に認知されていないように感じます。

 有馬氏 「エネルギー転換にはコストがかかる」という耳の痛い話を政府はちゃんと説明すべきです。あるいは民間の研究機関などが、そうした〝不都合な真実〟を発信してもいいですし、メディアはそれを取り上げないといけません。政治に影響を与える世論を形成するのは一般の国民です。その意味でメディアの責任はものすごく大きいと思います。皮肉なことに、世論を気にしなくていい中国が最も戦略的にエネルギー政策を実行できている状況です。

 杉村氏 最近、オールドメディアと言われることもあるマスメディアも、国民の役に立つインフラでありたいといつも思っています。国民に情報を伝える各メディアとエネルギーの専門家がもっと交流し、意見を交換していけば、冷静な議論ができるメディア環境につながるのではないかと期待しています。
 冷静な議論といえば、福島第一原子力発電所事故の後に他の原子力発電所を止める必要はあったのでしょうか。当時はメディアも含めて一種のパニック状態に陥りました。あれが本当に正しい選択だったのか、ぜひ専門家に振り返ってほしいです。次世代に向けた教訓として重要な題材だと思います。

 司会 GXについて政治、事業者がやるべきこと、やれることは自ずと違います。事業者としてはどのような認識でしょうか。

 佐々木氏 電力自由化に伴い短期的な経済合理性を追求せざるを得なくなったこと、また再エネの急拡大により、稼働率の低い火力が廃止され、足元では電力需給が逼迫しています。こうした状況の下、政府はGXで安定供給と脱炭素と経済成長を同時に目指すとしていますが、最適解の見極めは難しいところです。日本特有の事情を考えると、柔軟でしたたかなエネルギー政策が不可欠だと思います。
 事業者が今一番苦しんでいるのは投資です。再エネ、原子力、そして再エネの電気を活用するための送配電網、火力のトランジションなど、どれも巨額の投資が必要です。ある金融機関の試算では、今後は電力業界で年間7~8兆円の投資が必要とされており、これは過去最大だった年間5兆円を大きく上回る規模です。事業者としても最大限コスト上昇を抑える努力はしますが、上昇は避けられないでしょう。国全体でそうした覚悟を持ちながら、前に進むしかありません。国には、国民に対して「覚悟」の理解醸成をしていただくことを期待したいです。

 司会 本日はありがとうございました。

エネルギーを巡る国際情勢が混沌とする中、日本では第7次エネルギー基本計画やGX2040ビジョンが示され、エネルギー・環境政策は新たなフェーズに入った。座談会ではエネルギー供給の課題や、今後のコスト上昇と国民意識などについて有識者から様々な意見が出された。座談会は日本外国特派員協会(FCCJ)会議室で3月上旬に行われた。写真は(右から)参加者の有馬氏、杉村氏、牧之内氏、佐々木氏
エネルギーを巡る国際情勢が混沌とする中、日本では第7次エネルギー基本計画やGX2040ビジョンが示され、エネルギー・環境政策は新たなフェーズに入った。座談会ではエネルギー供給の課題や、今後のコスト上昇と国民意識などについて有識者から様々な意見が出された。座談会は日本外国特派員協会(FCCJ)会議室で3月上旬に行われた。写真は(右から)参加者の有馬氏、杉村氏、牧之内氏、佐々木氏