避けられぬコスト上昇、脱炭素化へ国民理解を

 今後のエネルギー政策の方向性を示す「第7次エネルギー基本計画」、GX(グリーントランスフォーメーション)の具体的な戦略である「GX2040ビジョン」が、2月に閣議決定された。一方、世界を見渡せば、ウクライナ戦争の長期化、米トランプ政権の再登場、ドイツ連立政権の崩壊など、エネルギーを巡る情勢は不透明さを増している。こうした状況や今後の日本経済を踏まえ、GX時代のエネルギー問題にどう取り組むべきなのか。各界で活躍する有識者が議論した。

<出席者>
 有馬   純氏(東京大学公共政策大学院特任教授)
 杉村  太蔵氏(元衆院議員、実業家、タレント)
 牧之内 芽衣氏(第一生命経済研究所副主任研究員)
 佐々木 敏春氏(電気事業連合会副会長)
  司会進行=間庭 正弘(電気新聞代表、日本電気協会新聞部長)

◎不確実性へ対応柔軟に 有馬氏/政治と一定の距離必要 杉村氏


▼エネルギー巡る世界情勢は

有馬 純氏
有馬 純氏

 司会 GXが世界的な課題となっています。その一方では地政学的リスクの高まりと同時に、保護主義的な動きが盛んになっています。世界のエネルギー情勢についてどのように見ていますか。

 有馬氏 エネルギーを巡る地政学的リスクが顕在化し、実際にエネルギーコストが上昇しています。エネルギー政策の遂行に当たっては、3つのE、つまりエネルギー安全保障、環境保全、経済効率性をバランスさせることが重要です。しかし日常生活、産業活動に不可欠な日々のエネルギー供給が脅かされ、コストが上昇すると、どうしても安定供給、しかも低廉な価格でという部分が重視され、地球温暖化防止の優先度は相対的に低下せざるを得ません。日本のみならず世界でそういう状況が生じています。
 さらに米トランプ政権にみられるように保護主義、自国第一主義が台頭しています。地球温暖化防止に背を向けて、国内の石油・ガス資源を最大源掘ると宣言しています。トランプ政権の施策が世界のエネルギー情勢に与える影響は先が見えない状況です。我々が前提としていた国際秩序が揺らぎ、これまでは考えられなかったような事態が起きる可能性もあります。当面、地球温暖化防止の重要性は認識しつつも、エネルギー安全保障に軸足を置いた議論が中心になるのではないでしょうか。

 司会 ドイツについて一部のメディアは脱原子力に成功したと報じていましたが、実情を見るとエネルギー価格が上がったり、政権交代があったりして、国民の不満が高まっているようです。ウクライナ戦争後、ドイツでは何が起きているのでしょうか。

 佐々木氏 ウクライナ戦争以前、ドイツはロシアからパイプラインを通じて天然ガスを安く大量に購入し、産業競争力をつけて経済大国の地位を築いていました。しかし、ウクライナ戦争が始まるとロシアとの関係が悪化し、2022年9月にはガス供給がストップしました。ドイツは石炭火力の稼働増、米国やカタールからのLNG購入で急場をしのぎましたが、それでも電力供給は十分には補えませんでした。
 さらに、23年4月に原子力が全て停止したことで電力輸入国に転じました。電気料金は跳ね上がり、家庭用でいえばウクライナ戦争以前の1.5倍ぐらい、日本円で1キロワット時当たり70円程度になりました。産業用も一時、3倍ぐらいに高騰しました。これにより産業競争力を失い、国外への企業流出が進んでいるというのが現状です。ドイツは原子力の停止以降、ノルウェー、スウェーデン、フランスから電力を大量に輸入しています。その影響で、これらの国ではスポット価格が大幅に上がり、ドイツに対する批判が高まっています。

 司会 3つのEをどうバランスさせるかは難しい問題です。環境保全や地球温暖化対策のEが劣後している現状について、日本はどう受け止めるべきでしょうか。

 有馬氏 「衣食足りて礼節を知る」というように、経済が健全でないと地球温暖化対策にはコストをかけられません。だから、安定供給が全ての前提になるのは当たり前といえます。とはいえ、1.5度目標や50年カーボンニュートラルの実現は国連を中心に形成されてきた国際世論です。地球温暖化対策に取り組む機運が低下しても、取り組み自体をやめようという声が出ているわけではありません。トランプ政権はパリ協定から離脱を表明しましたが、他の国が次々と追随することはないでしょう。
 他方、地球温暖化問題を巡る国際政治をうまく利用しているのが中国です。脱炭素を追い風に太陽光パネル、風車、蓄電池、電気自動車(EV)を世界で精力的に販売していますが、自国では途上国の立ち位置で堂々と石炭火力を使っています。私が懸念するのは、米国がパリ協定から離脱することによって、中国が地球温暖化対策に最も熱心に取り組んでいる〝守護者〟のような存在になることです。欧州と米国の関係がぎくしゃくする中で、欧州と中国が地球温暖化対策で手を組むことすらあるかもしれません。世界の動向を引き続き注視する必要があります。

 司会 カーボンニュートラルは段階を踏みながら目指すことが大切です。日本はエネルギートランジションをどのように進めるのがよいでしょうか。

 牧之内氏 石炭火力の位置付けについて、欧米と日本の温度差を感じます。そもそも電源に占める比率が違っていて、日本の3割に対し、米国は2割弱、欧州は15%ぐらい。石炭火力の平均築年数も違い、日本は21年程度、米国は40年以上、欧州は34年程度。石炭比率が低く、設備も古い国の方が廃止の判断はしやすいと思います。
 日本は福島第一原子力発電所事故後の原子力停止が長引き、石炭火力を大幅に増やした経緯がありますが、それは仕方のないことです。今後のスタンスとしては、石炭火力の廃止時期はあまり明確にせず、アンモニア混焼や二酸化炭素(CO2)の回収・貯留(CCS)といった技術を活用しながらCO2排出を削減していくことになるでしょう。目的は脱炭素であって脱石炭ではありません。様々な手段でCO2排出を減らせばいいはずです。
 急激なエネルギー転換は難しいため、日本は脱炭素を補完する取り組みを行うことも必要だと思います。例えば、石炭火力の廃止を一気に進めることが難しいアジア諸国に対しては、代替インフラや人材教育などへの包括的な支援で歩み寄る独自のアプローチを打ち出していくことで、国際的なリーダーシップを取れるのではないでしょうか。 

 

杉村 太蔵氏
杉村 太蔵氏

 杉村氏 日本のまじめさはいいところですが、遠慮せずに二面性を持つべきです。日本は他国の影響を受けやすい。国際的な方向性としてはもちろん賛成でも、我が国には我が国の事情があると堂々と言えばいい。国土や資源を巡る状況は国によって違うため、日本は日本のベストなエネルギーミックスを考えるべきです。そして、国による違いをお互いに理解し合うことが重要だと思います。

▼第7次エネ基本計画の見解

 司会 2月に第7次エネ基、GXビジョンが閣議決定されました。見解をお聞かせください。

 牧之内氏 地球のために脱炭素化に取り組むのは大切ですが、冷静で戦略的な視点も求められています。地球温暖化対策は国際的なルール作りから関わっていくことが大切で、第7次エネ基やGXビジョンは日本がどう戦うのかを書いた文章と見ることもできます。そこに国民の賛同を得るためにも、エネルギー政策に対する関心を高めることは重要です。
 再エネと原子力について、どちらかではなく両方活用という流れになったことは好意的に受け止めています。ただ、コスト面については言及が弱いと感じます。日本は欧州より再エネのコストが高い。脱炭素はコストがかかっても進めていくことを国民に明確に伝えるべきです。

 有馬氏 「原子力依存度を可能な限り低減する」という第4次エネ基以降の呪縛がようやく解けました。海外との連系線がなく資源もない日本が、エネルギー安全保障と地球温暖化防止を、しかも経済的に許容可能なコストでやっていこうとしたら、原子力を使わないというオプションはあり得ません。
 第7次エネ基は35年に13年比で60%、40年に73%という、パリ協定のもと策定した日本の排出削減目標と整合性をとっています。これは再エネ、水素、CCSなどの技術が順調に進展した場合のシナリオです。加えて、技術開発が進まず、削減目標が満たせないシナリオも記載されました。これは、どんなコストを払っても目標を達成するのではなく、状況によっては安定供給を優先するということだと受け止めています。だからこそ、エネルギーミックスも決め打ちではなく、不確実性を許容したものになっており、臨機応変に対応するとしている点は高く評価できます。
 第7次エネ基もGXビジョンも、今後は脱炭素電源を確保できるかどうかが産業立地の競争力を左右するという危機意識が表れています。同時に、エネルギー価格が大幅に上がった場合にドイツのような産業の海外移転が起きるリスクも考えておかないといけません。脱炭素の方向性はいいとして、コストがどうなるのかは常に注意しておくべきです。

 杉村氏 これまでのエネ基を一通り読みましたが、10年にまとまった第3次エネ基では、原子力が50%と書いてありました。しかし不幸にも福島第一原子力発電所の事故があり、その後の14年の第4次エネ基では、再エネ重視へと手段が極端に変わりました。政治が深く介入したからです。常に冷静さが求められるエネルギー政策は、ある意味で政治から一定の距離を置いた方がいいのではないかという気がします。

 ◇有識者座談会(下)に続く