球磨川の氾濫によって被災した熊本県球磨村(7月7日)

 ◇困難下、感じた現場の底力
 
 7月7日深夜。暗く、うっそうとした木々に囲まれる大分県の山間部。断続的に雨が降り続く中、配電線の復旧作業が一段落した。既に日付は8日に変わり、時計は深夜1時付近を指していた。「営業所に戻ろう」。九州電力送配電日田配電事業所の井元弘一主任が来た道を戻ると、土砂崩れでふさがれた道が目に飛び込んできた。

 このまま帰れるはずもない。「早く安全な場所に退避しないと」。車中で夜を明かすと決め、すぐ営業所に電話した。本来は作業を終え、安息の時間となるはずだった。「どきどきして眠れない」。井元主任は気の休まぬまま、朝5時の日の出を待った。

 九州中南部を中心に断続的な降水をもたらし、河川の氾濫などの激しい被害を引き起こした「令和2年7月豪雨」。その復旧作業の一コマだ。井元主任は入社30年を超えるベテラン社員だが、「会社人生で初めての経験だった」と異例の体験を振り返る。
 
 ◇続く線状降水帯
 
 体験談は、断続的に降り続いたという豪雨の特色を象徴している。今回の豪雨は梅雨前線が停滞した影響で、幾度も線状降水帯が出現した。台風であれば予報でルートが分かり、通過後は台風一過の状態で巡視と復旧作業が可能となる。だが、今回の豪雨は作業中だろうとおかまいなしに降り続き、停電被害を拡大させた。

 九州電力送配電の廣渡健社長は、「停電件数自体は台風と比べて小さかったが、“大きな違い”が3つあった」と指摘する。一つは「大雨が降ると土砂崩れとなり、現場に入るのが困難」(廣渡社長)となる点だ。

 大分県日田市などの山間部では土砂崩れと倒木が行く手を阻み、熊本県の球磨川沿いの国道219号では複数の道路決壊が起こった。倒木だけならば伐採班が道を切り開いていくが、道自体が通行不能となればそうはいかない。九州送配電は自衛隊などの公的機関との連携を進めたほか、現場への迂回(うかい)ルートを独自に見つけ出す策も講じた。

 廣渡社長は2つ目の違いとして、「電気を送る家自体が水没した」点を挙げる。豪雨に伴う河川の氾濫は電柱の上に水が届くほどのすさまじさで、多くの家屋に浸水被害をもたらした。九州送配電は九州電気保安協会や電気工事組合から約100人の応援要員を派遣してもらい、一件一件の家屋の健全性を確認した。
 
 ◇感染対策を模索
 
 最後に付け加えた課題が、新型コロナウイルスだ。非常時とはいえ、消毒やマスクによる感染対策は欠かせない。作業者が休む宿を基本1人につき1部屋とするなど、コロナ禍ゆえのニューノーマル(新常態)を災害復旧の現場でも模索した。

 新たな課題が顕在化する中でも「最初から最後まで現場の底力を感じた」と語るのは、稲月勝巳・系統技術本部技術計画部長。稲月氏は非常災害対策総本部の総括班に入った際、「通れない道路がある」と現場から連絡を受けたが、気付けば「いつの間にか(通れないはずの道路の)奥に作業者がいて復旧していた」という。

 災害の種類や性質が変わっても、培ってきた技術力と現場力は常に生きる。稲月氏の語るエピソードは、その一端を示している。
 

 
 「令和2年7月豪雨」は、河川氾濫や土砂崩れ、コロナ禍が重なる複合災害となった。新たな課題に対処する必要がある中、九州電力送配電と協力会社は、緊密に連携して復旧に全力を挙げた。現場の奮闘やトップのインタビューを紹介しながら、得られた教訓を読み解く。

 ◇メモ
 梅雨前線が停滞した影響で線状降水帯が断続的に発生し、7月3日~11日に九州各地に記録的な大雨を降らせた。その影響で熊本県や大分県、鹿児島県を中心に停電が発生し、6日午後2時には最大約1万2千戸が停電した。
 九州電力と九州電力送配電は一体となって復旧を進め、協力会社を含む最大約2050人を動員。土砂崩れなどの影響で立ち入りが難しい地区を除き、14日までに高圧配電線への送電を完了した。

電気新聞2020年10月20日

※連載『複合災害と闘う 九電復旧最前線』は全5回です。続きは電気新聞バックナンバーでお読みください。