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 送電鉄塔をモチーフにした楽曲やアート作品を発表する人が増えている。NHKのみんなの歌のテーマになったり、小説が発表されたり、雑誌が発行されたり、そのアプローチはさまざまだが、どれも鉄塔「愛」があふれているのだ。これは、次世代人材確保へ社会的認知度をあげようとしている送電業界にとって、素晴らしいヒントになるのではないか--。そう思った記者は、これらの人たちに鉄塔の魅力を取材に行ってみた。

電気新聞2020年2月19日~28日掲載 連載「鉄塔のこと 聞いてみた」より抜粋
第1回 シンガーソングライター 南壽 あさ子さん
第2回 鉄塔風景写真家 藤村 里木さん
第3回 イラストレーター 加賀谷 奏子さん
第4回 小説家 賽助さん

 

気づかれにくいけれど大きな存在。『鉄塔』を歌う

シンガーソングライター 南壽 あさ子さん

 

南壽あさ子さん
南壽 あさ子さん

 昨年10~11月の間、NHK「みんなのうた」で放映された歌『鉄塔』。大きな存在なのに気付かれにくい鉄塔に光を当てたこの楽曲は、番組を見た子どもや保護者だけでなく、送電業界関係者からも反響があった。周りが変化しても揺るがぬ鉄塔への憧れと、シンガーソングライターの南壽あさ子さんは鉄塔をテーマにした理由を語る。
 「自分たちに恩恵のある欠かせない存在なのに、生活とつながっていない。そういうものに気付きを与えたい」。子どもたちの想像力を養う気付きを与え、大人になった時、あらためて歌の意味を振り返る。少年から成長した青年が鉄塔へ再び語りかけるアニメーションに合わせて流れる、軽快で親しみやすい楽曲には、時代を経ても愛される〝みんなのうた〟への思いが込められている。南壽さんは、高い場所から周囲を360度見渡せる鉄塔に「泰然自若」なイメージを重ねた。この歌をきっかけに鉄塔を見に出かけたファンもいるそうだ。
 
 

そこに立つ鉄塔の美しさを撮したい

鉄塔風景写真家 藤村 里木さん

 

藤村 里木さん
藤村 里木さん

 「みんなのうた」で「鉄塔」が流れた際に使われた鉄塔風景の写真は、鉄塔風景写真家を名乗るフリーランスカメラマン、藤村里木さんの手によるものだ。風景写真の〝邪魔者〟とされてきた鉄塔を美しく撮ってあげたい思いで、ロケハンを重ね撮りためてきた。自身の人生と鉄塔が重なるところがあるという。
 「自然風景の撮影場所で会う愛好家は皆『鉄塔や電線がなければいいのに』と言う。だんだんと鉄塔がかわいそうに思えました」。藤村さんはいわゆる就職氷河期世代。「頑張っている鉄塔は邪魔者じゃない」と、会社員時代に苦労してきた自分とオーバーラップさせた。だからこそ「鉄塔がそこに立っている美しさを撮りたい」。頑張るものたちに光を当て、存在の美しさを認める。それが写真から伝わるように、季節や天候、光の当たる角度などを下調べした上で、最高の瞬間を撮り続けている。
 
 

独自取材記事、イラスト解説も盛り込む雑誌「鉄塔ファン」発行

イラストレーター 加賀谷 奏子さん

 

加賀谷 奏子さん
加賀谷 奏子さん

 絵本の挿絵なども手掛けるイラストレーターの加賀谷奏子さんは、「並々ならぬ愛と関心」を持ち鉄塔の魅力を伝える〝鉄塔ファン〟。都内で年2回開かれている様々なジャンルの愛好家が集まる「マニアフェスタ」で、自主制作の鉄塔雑誌や鉄塔グッズを販売している。なぜ鉄塔に心を寄せ始めたのか。
 「無機物のインフラなのに、温かみや人間味を感じる。鉄塔を詳しく知れば1基1基、形が違うのがわかる。人間も同じ」。鉄道とともに鉄塔にも関心を示していた加賀谷さん。映画でも鉄塔を背景にしたシーンは多く「懐かしさや切なさ、寂しさ」を感じる〝情緒〟がある、と考えている。鉄塔写真を撮り続けていたサルマルヒデキさんの影響を受け、「自分の趣味を肯定できた」。取材などを通じて得た知識を雑誌としてまとめ、優しいイラストや写真で誰にでもわかりやすく解説する。別の対象物を愛好するマニアとともに活動も展開中。愛するものへのまなざしを通じて、鉄塔の鑑賞者に気付きを与える。
 
 

鉄塔の上の幽霊をテーマにした小説を上梓

小説家 賽助さん

 

賽助さん
賽助さん

 鉄塔の上に見える幽霊の正体を巡り、少年少女がひと夏の冒険に出る――。小説家の賽助さんが書いた「君と夏が、鉄塔の上」はファンタジーの要素を盛り込んだ青春小説。「鉄塔武蔵野線」が開拓した〝鉄塔小説〟の系譜といえそうだ。ゲーム実況では「鉄塔」名義で人気を博す賽助さん。もともと巨大構造物が好きで、鉄塔が目に止まった。
 鉄塔の上には現実とは異なる世界が広がっているのではないか。鉄塔への個人的な興味を通じて、賽助さんは想像力を駆使して小説を書き上げた。もちろん「鉄塔武蔵野線」も読んでおり、資料的価値が高かったという。「現実世界から遊離したものが『ひょっとしたらあってもいい』と思っています。子供の頃はそんな思いを強く抱くけれど、大人になると薄れる。そんな思いを大切にしたい」。かつては〝鉄塔好き〟を公言しても、なかなか理解されなかった。ネット上では同じ対象物を「好き」と言える人がすぐに集まれる。想像力をかき立て、人と人の間をつなぐ。鉄塔がその象徴となっている。

※以上は本紙記事からの抜粋です。全文は電気新聞でお読みください
 
 
【取材後記】
 4人に共通する鉄塔の魅力は「よく見れば形が違うこと」。加賀谷さんの自主制作による雑誌『鉄塔ファン』には、「コック型」や「チャイナ服型」などの名称で鉄塔の形状をイラスト付きで紹介。賽助さんも鉄塔の形状から、建設された年代や周辺環境に思いを巡らせるという。
 一方で「頑張っているのに気付かれない」という指摘も多かった。送電設備はあくまで電気を需要家に届けるための中継物にすぎない。人々の生活を妨げないよう、送電線を高い場所で支えているのが鉄塔だ。しかし4人は作品を通じて、社会を支える身近なインフラの存在を人々に気付かせる、細やかなまなざしを鉄塔に注ぐ。
 鉄塔は、存在に気付いてさえもらえれば、電気という身近な存在を理解してもらえる入り口となりうるはずだ。なぜ、鉄塔は形が違うのか、山の上でどうやって建てているのか――。関心を抱いてくれた人々に寄り添い、易しく説明することも、認知度向上につながる一手とならないだろうか。