福島牛のブランド力強化に向けた検討が進んでいる(右から2人目がJA全農福島の小松氏)
福島牛のブランド力強化に向けた検討が進んでいる(右から2人目がJA全農福島の小松氏)

 東日本大震災と東京電力福島第一原子力発電所事故で被害を受けた福島牛の生産者たちが、復興に向けて懸命の歩みを進めている。首都圏では、高級スーパーマーケットのフェアで扱われるなど「失われた棚」が戻る兆しも見え始めた。JA全農福島の小松良雄氏は「風評という言葉は使いたくない」と歯を食いしばる。見据える先にあるのは、風評をものともしない強いブランド力を持った福島牛の姿だ。

 2月下旬、東京都渋谷区のクイーンズ伊勢丹笹塚店。精肉売り場の前に出展された福島牛のブースには、100グラム当たり1187円のサーロインステーキや同1067円のカルビが並べられた。試食用に焼かれた肉からは、食欲をそそる香りが立ち上り、多くの買い物客が足を止めた。

 クイーンズ伊勢丹は2月21~24日、都内15店舗のうち一部を除く店舗で「発見! ふくしま」フェアを開催。福島牛はコメと並んで看板商品に位置付けられた。福島牛は通常のフェアよりも多めの7頭分を用意。運営会社のエムアイフードスタイルでフェアの企画を担当する助川元洋氏は「目標よりも売り上げを伸ばすことができた。フェア全体を福島牛が牽引した」と振り返る。
 
 ◇小売店と交渉
 
 「食べれば味が良いことはわかってもらえる」。エムアイフードスタイルのバイヤーである伊達洋輔氏は、フェアの開催前から手応えをのぞかせていた。福島県はもともと牛肉の名産地として知られ、福島牛は全国肉用牛枝肉共励会で最高位の賞に輝くなど、味は折り紙付きだったからだ。

 首都圏では、福島牛の名はそれほど浸透していなかったものの、福島県産の牛肉自体は多くの店舗に並んでいたという。だが、福島第一事故でその状況は一変。福島県産品を敬遠する小売店が別の牛肉を仕入れるようになったことで、それまで福島県の牛肉が並んでいたスペースが、次第に失われていった。

 各産地の牛肉がひしめき合うスーパーなどの棚は、居場所を一度なくしてしまうと、そこに戻ることは容易ではない。福島牛は放射性物質の全頭検査が行われ、2011年8月以降、基準値を超えることはなかった。そうした状況にありながらも、肝心の棚を失ったがゆえに、消費者のもとに届きづらくなっている。

 事態打開のきっかけをつくったのは、福島第一事故の当事者である東京電力ホールディングス(HD)自身だった。東電HDは風評払拭に向け、福島県産品が首都圏で流通するための対策を17年夏頃から検討。その後、東電HDがエムアイフードスタイルの関係者と福島牛の関係者の橋渡し役となり、フェアの実現につなげた。

 これらの取り組みを担ったのが、東電HD福島復興本社福島本部に18年2月に設置された「ふくしま流通促進室」だ。フェアの企画に当たり、東電HDは前面に立ってエムアイフードスタイルとの交渉を重ねた。

 「生産者は出荷制限や商品を戻される経験をして、相当なショックを受けたと思う。わたしたちが出ていくことで、同じ思いをしなくて済むようになるかもしれない」。三田雅裕副室長は、東電HD自身が首都圏の小売店に頭を下げる意味をこう説く。

 フェアに向けては、ふくしま流通促進室ふくしま県産品販売促進第一グループの渡辺龍二課長と青山由紀副長が中心となり詳細を詰めていった。

 渡辺課長は、牛の殺処分を強いられた生産者に「お前は現場を見たこともないだろう」と詰め寄られたことを振り返り、「フェアなどを通じて営農再開に少しでも協力したい」と思いを吐露する。

 青山副長はふくしま流通促進室への配属で、福島県と初めてじかに関わることになった。「携わるうちに福島牛の味の良さを知った。福島県のために何とかして伝えていきたい」と力を込める。
 
 ◇フェアの成功
 
 クイーンズ伊勢丹でのフェアの成功は、今後を占う上でも重要だ。売り上げを伸ばしたことは、消費者の目に触れさえすれば、福島牛が商品としての訴求力を十分持つことを意味している。

 ふくしま流通促進室企画総括グループの羽野真美次長は、福島牛の飼育環境や味の特徴を記したカードを作成した。発見されていない福島牛の魅力を発信しながら、「福島牛だからこそ手が伸びる状況を早くつくりたい」と意欲を示す。

 ふくしま流通促進室は、JA全農福島とともに、福島牛ブランドをいかに高めていくかに知恵を絞っている。競合するブランドは多くあるが、味や食感の良さとともに共通するのは、そのブランド特有のこだわりだ。3月上旬に行われた打ち合わせでは、ブランド力アップに向けたアイデアを練った。

 牛肉のブランドが定着するまでには、およそ10年の歳月が必要といわれる。「牛を仕上げるだけでも2年。早めに何をやるかを決めたい」。JA全農福島の小松氏が見据える先の未来には、風評にびくともせずに力強く立つ福島牛の姿が、おぼろげに浮かんでいる。

電気新聞2019年3月15日