◇共鳴波長を利用、より高感度に/悪臭物質、超微量でも検出
脱炭素社会の実現に向け、燃料アンモニアの導入・拡大への動きが活発化している。アンモニアは、燃焼しても二酸化炭素(CO2)を排出しないゼロエミッション燃料として期待されている一方で、濃度がppmオーダーで人が不快感を示す悪臭物質でもある。その漏えいを検知し可視化するためには、遠隔計測装置であるライダーの超高感度化を達成する必要があるが、そのコアとなる技術について紹介する。

水素と同様に期待されている新エネルギー源がアンモニアである。火力発電や船舶の燃料として既に試験運転などが盛んに行われているが、漏えい検知の観点でのアンモニアと水素の大きな違いは、燃料であると同時に特定悪臭物質に指定されており、悪臭防止法における規制基準が1ppmと極めて低い点である。人の嗅覚がアンモニアを検知し始めるのが0.1ppm程度であるところからも、アンモニアの可視化についてはppmからサブppmレベルの感度が求められるものと考えられる。前回述べたラマンライダーは、ラマン効果の性質上、装置内部の光学フィルターを交換し観測波長を変えることで、単一の装置で複数の物質に適用することが可能である。原理的には同一の装置でアンモニアの可視化を行うことはできるが、ppmレベルの検出感度の実現は極めて困難である。この問題をクリアするために、必要となる原理が共鳴ラマン効果である。
◇水素を超える精度
共鳴ラマン効果と区別するために、ここでは水素可視化に用いたラマン効果を非共鳴ラマン効果と呼ぶ。非共鳴ラマン効果は、照射するレーザー光の波長によらず発生する。これに対し、照射するレーザー光の波長を、紫外から可視領域で対象物質が吸収する光の波長(共鳴波長)と一致させることで、ラマン散乱光の強度を大幅に増強することができる。この現象を共鳴ラマン効果と呼ぶ。共鳴波長は物質ごとに異なるが、概ね300ナノメートル以下の深紫外と呼ばれる波長域に複数存在する場合が多い。アンモニアの場合、200ナノメートル以上をピックアップすると208ナノメートル、213ナノメートル、217ナノメートルなど6つの波長域が共鳴波長となる。どの共鳴波長を使用するかによって、ラマン散乱光の増強率は異なるが、アンモニアの場合、非共鳴ラマンの場合に比べ最大8千倍程度散乱光強度が増強する。
前回に述べたラマンライダーによる水素可視化において、検出限界がサブ%オーダーであったことに鑑みると、共鳴励起によって信号強度が3~4桁強くなることから、サブ%オーダーから3~4桁低い、ppm~サブppmオーダーの計測が実現できることがわかる。

◇市販品を適用可能
このような共鳴ラマン効果を用いたライダーを製品化する際、課題になるのはレーザー装置の選定である。共鳴ラマン効果では、励起波長を対象物質の共鳴波長に一致させる必要があるが、汎用のレーザー装置は使用されているレーザー結晶により発振波長が決まっている。このため、波長を自由に変えることができる波長可変レーザーの使用が考えられるが、比較的大型・高重量となり、機械的にも脆弱であり、一般的な計測装置としての可搬性や堅牢(けんろう)性が失われる。しかし、アンモニアの場合、前述の共鳴波長の内213ナノメートルが、Nd:YAGレーザーの5倍高調波の発振波長と一致するため、市販の小型パルスレーザーを適用することが可能である。
このような構想の下、著者らはスタンドオフ計測が可能なアンモニアライダーの開発を目指している。
◆用語解説
◆5倍高調波 レーザー装置は、使用するレーザー結晶により発振波長が決まっており、ND:YAGレーザーの場合、1064ナノメートル、これを基本波と呼ぶ。レーザー装置は波長変換結晶を用いて、基本波の自然数分の1の波長のレーザー光を放射することができ、例えば波長1/1を基本波として、波長1/2、532ナノメートルのレーザー光を2倍高調波、同様に基本波に対する波長1/5、213ナノメートルのレーザー光を5倍高調波という。
◆スタンドオフ計測 危険物から離れた場所から行う計測。
電気新聞2024年12月16日