現場と仮想空間の上の情報が融合して作業が進む(イメージ)
現場と仮想空間の上の情報が融合して作業が進む(イメージ)

 東京電力ホールディングス(HD)は、電力設備の点検高度化を目的に、MR(複合現実)技術を現場に適用するための実証試験に取り組んでいる。同社経営技術戦略研究所とゲーム制作会社のポケット・クエリーズ(東京都渋谷区、佐々木宣彦社長)が技術開発を進めており、現実空間と重ねた仮想空間上で、危険区域の警告、作業手順書や図面などを表示し情報の操作も行える。現場の安全性向上や効率化のほか、今後想定される人材不足などへの対応も開発の狙いだ。

CEATEC JAPANに出展したポケット・クエリーズのデモ。点検ポイントに立つと自動で異常判断し自動作成した点検報告書を送信するなど将来イメージを体感できる
CEATEC JAPANに出展したポケット・クエリーズのデモ。点検ポイントに立つと自動で異常判断し自動作成した点検報告書を送信するなど将来イメージを体感できる

 
 ◇危険を可視化
 
 両者は現在、東京電力パワーグリッド(PG)渋谷支社エリアにある変電所でMRを活用した点検高度化の検証を実施中だ。

 ヘッドマウントディスプレー(HMD)を装着すると、現実空間の充電部が仮想画面上で網がけされ、危険を可視化。接近しすぎると警告音が鳴る。マイクロソフト製HMD「ホロレンズ」のカメラ・センサー技術で現実空間を正確に把握し、危険箇所や点検ポイントを表示する仮想空間を重ねることで、タイミングよく手順をこなせる仕組み。見やすさなど、ハード面の改良にも並行で挑む。

 現場の作業経路、点検対象設備の作業手順なども表示。分厚い手順書を見ながらの作業が不要で、ヒューマンエラーを低減。作業効率化を図れる。設備の図面や説明書などを仮想画面上で開ける。

 実証では検証項目別の例題を反復し、インターフェースの使い勝手や表示タイミング、演出の仕方など、プログラム上の改良を重ねる。東電PG渋谷支社世田谷制御所変電保守グループ兼変電技能指導職の齋藤穣氏は、「MR適用の使命は今より安全、簡単、迅速、確実に業務が行えること」と説明する。

 3Dを駆使するポケット・クエリーズの強みは、「高品質なグラフィックや表現力、演出力」(佐々木社長)。危険箇所や点検項目へ注意を促したり、異常を検知したり、仮想空間上で作業者へ確実な視覚効果を与えるアイデアが豊富だ。

 視覚的な演出や操作性の向上だけでなく、競争心や知的好奇心を促す仕組みを作れるのもゲーム技術の利点。現場業務などで同技術を生かし、作業者を引きつける「ゲーミフィケーション」の概念が広がっているという。

 まずは遠隔地と連動した点検や異常対応、作業報告書の自動作成、データ共有などが想定される。蓄積データと人工知能(AI)を活用した設備診断など、用途拡大の余地も大きい。
 
 ◇人材不足に光
 
 将来の人材不足やノウハウ継承の課題解決になる可能性も見逃せない。MRの発展により、これまで送変配電の別グループで行っていた保守点検から、1系統を1人の保守要員で点検する「多能化」の進展が期待できるからだ。O&M(運転・保守)サービスの次世代技術として他電力などからの注目も集まる。需要家設備やプラントなど他産業への事業領域拡大も見込まれる。

 経営技術戦略研究所経営戦略調査室エネルギー経済グループの大木功主管研究員は、現場での使用を通じてMR技術の成果を「経営層とも共有し、並行して現場でもブラッシュアップを図りたい」としている。

【キーワード】
◆MR(複合現実)
VR(仮想現実)とAR(拡張現実)の要素を融合したデジタル技術。3D技術で現実空間に仮想空間を重ね、現実空間にある事物に関する情報の表示や操作を可能にする。VRのように仮想空間のみを映し出すものではなく、仮想と現実が相互に作用し、現実空間の距離や位置関係と整合した情報の配置、操作が行える。

電気新聞2018年10月23日