<<前回へ

バナー_石川迪夫_福島原発

電気新聞2016年11月11日掲載のコラムを加筆・修正しています

 福島事故の原因は前報で述べたように、地震が引き起こした津波と、津波が引き起こした全電源喪失状態が10日ほども続いたことによる。ところで、マグニチュード9という想定外の大地震と、地震が誘起した大津波と、どちらが事故原因として罪が重かったであろうか。

 地震は開閉所や鉄塔を壊して停電を招いたが、対策が施されていた発電所の設備には重大な被害はなく、非常用発電機の起動で原子炉は低温停止に向けての運転に入っていた。マグニチュード9の地震は、それだけでは災害原因とはなかった。

 約1時間後に襲来した津波は、非常用発電機を水浸しにしたのみならず、被水により直流配電設備(バッテリー)の多くが使用不能となり、発電所を全電源喪失状態に陥れた。冒頭に述べたように、災害の原因は津波に求められる。

 福島第一原子力発電所は地震に耐えたが、津波には負けた。これは発電所だけではなく一般社会でも同じで、女川などの被災地の状況を見ると、津波で壁が突き破られたように壊れた家屋がたくさん見られたが、地震で倒壊した家屋は相対的に少なかった。地震国日本において、一般家屋にも義務づけられている耐震対策が、効果を現したものであろう。外国の地震被害で見る、煉瓦造りの家屋が無残に倒壊し瓦礫となる状況と比較すれば、日本の優れた耐震設計の効果が理解できる。

 原子力発電所の耐震対策はより厳しい。発電所の重要設備は、活断層から当該設備に至るまでの地震動解析を詳細に行い、その揺れが発電所に与える危害対策を十分に講じている。2011年3月11日の東日本大震災で、東日本の太平洋岸に位置する15基の原子力発電所すべて、津波の被害こそ受けたものの地震には耐えたことが、この証しだ。地震対策は、自然災害の中で最も研究が進んでいる。

 これに対して津波対策は研究が進んでおらず、その他大勢の一般自然災害と同じ範疇にある。過去の災害記録を参考に最悪の設計条件を定めて、それに耐える強固な構築物を設計することで可とする方式だ。耐震設計になぞれば、地震動解析のない一般家屋と同じ扱いと考えれば良い。

 このように自然現象でも、研究の度合いによって取り得る安全対策の適否巧拙に差がでてくる。この対策の差が、福島での全電源喪失を招いた。

 敷衍(ふえん)すれば、上述の自然災害対策は、地震を除いて、全ての自然現象に共通である。これは世界共通に採用している安全の考え方でもある。福島事故はこれにノーを突きつけた。

 では、どうすれば良いのか。答えは簡単で、地震が地震動解析で成功しているのであるから、自然現象それぞれについて災害要因(脅威)を特定して、その対策を練れば良いということになる。

 だが言うは易く実行は難しい。災害は忘れた頃にやって来るので十分な記録がない。加えて、その様相が時により所により変化するので、脅威の本質を把握は容易でない。正鵠(せいこく)を得た安全対策を案出するのはさらに難しい。同一の自然災害であっても、対象により脅威が変われば、被害も変るのである。

 津波を例に取ると、一般社会の人たちには押し寄せる怒濤(どとう)と引き波の早さが脅威であるが、原子力発電では浸水と被水が災害原因となる。このように、同一災害でも対象により脅威は変わる。

 自然現象が持つ脅威とは一体何なのか。こういった脅威を同定する勉強は、国際原子力機関(IAEA)を中心として国際協力で実施するのが良い。自然災害は数多い上に、対象によって変わる共通原因故障だ。もたらす被害は特定しにくく成案を得るには相当な歳月を要しようが、気長に取り組むことだ。

 かくて自然災害に対する安全対策が進めば、その成果は原子力に限らず広く活用されて、災害に強い社会の誕生に役立つ。脅威を特定して災害に強い社会を築く、これが福島事故のリベンジであり、自然災害対策への第一歩である。これが今回の結論でもある。

 ここまでやっても、自然災害に対する安全対策は万全ではない。安全対策に万全はない。特に、自然現象は時により、想像を絶した巨大な災害と化す。具体例としては771年の八重山地震だ。太平洋に浮かぶ石垣島が85メートルの津波に襲われ、島民の半数を失った。85メートルの津波といえば、日本の発電所の対策は総崩れとなる。吉村昭氏によれば、アラスカには高さ500メートルの津波の痕跡があるという。

 いかに自然災害に力を入れようとも、ここまでの巨大な災害に対処するのは不可能だ。考えてみればそれは当然で、地球が太陽からもらう熱量は大きく、我々が使うエネルギーの2万倍もあるから、地球のちょっとした気まぐれが起こす災害は、時には人知を超える大きさとなる。われわれが律し得る災害防止の範囲を容易に超えるのだ。この巨大な自然の脅威に対する防止策は、残念ながらないし、用意できない。できない防止策にエネルギーを費やす理も、余裕もない。

 素直に、母なる地球が時折起こす気まぐれを認めて、災害から生き残った者がその復旧緩和に務める以外にないではないか。次回は、この災害緩和についての具体例に触れる。

電気新聞2016年11月11日

次回へ>>

 


 

東京電力・福島第一原子力発電所事故から7年。石川迪夫氏が2014年3月に上梓した『考証 福島原子力事故ー炉心溶融・水素爆発はどう起こったか』は、福島原子力事故のメカニズムを初めて明らかにした書として、多くの専門家から支持を得ました。石川氏は同書に加え、電気新聞コラム欄「ウエーブ・時評」で、事故直後から現在まで、福島原子力事故を鋭い視点で考証しています。このたび増補改訂版出版を記念し、「ウエーブ・時評」のコラムから、事故原因究明に関する考察を厳選し、順次掲載していきます。