◇販売製品の排出量も削減対象/社会的責務と収益性両立へ

 携帯事業者が良き企業市民であるために、カーボンニュートラルとネットゼロへの対応は欠かせない。5Gは、様々な省エネルギー技術を集約している点でも、これまでの通信方式を超えている。しかし、携帯ブロードバンドが速くなればなるほど、ユーザーの消費量は増えるジレンマもある。

 4G/LTEまでのネットワークは、5キロメートルから10キロメートルごとに整備するマクロ基地局に依存してきた。一方、より高速で低遅延を求められる5Gでは、マクロ基地局に加えて電柱などに小型基地局を細かく設置する。

 ◇省エネ技術を導入

 そのため基地局の数は膨大で、その消費電力も大きい。これでは二酸化炭素(CO2)を削減できないため、5Gでは多くの省エネ技術が導入された。

 たとえば、夜間など利用率が低くなった基地局は休止させる技術や、基地局の付帯設備をデータセンターに集約する技術などを導入する。アンテナも端末ごとに細かく電波を絞り込む技術などを採用した。ネットワーク単体で4Gに比べ伝送効率が100倍になっている。

 わかりやすく言えば、5Gの伝送コストは地上波デジタル放送に肩を並べている。東京スカイツリー1本で関東地方全体をカバーするデジタル放送と数万の基地局が散らばる携帯網が、ビットあたりのコストでほぼ同じと考えると5G技術の凄さがよく分かる。

 世界の主要携帯事業者は、ネットゼロへの対応を求められている。日本では、ネットゼロはあまり耳にしないが、後述のように「ネットニュートラル」と「ネットゼロ」の定義は大きく異なる。

 英国規格協会のカーボンニュートラル定義では、炭素クレジットを購入することでCO2の排出を相殺できる。米国の場合、最近のカーボンクレジットはメガワットアワーあたり約1ドル。携帯事業者が利用する商業電力料金はキロワットアワーあたり11セントなので、少々電力支出を調整すれば簡単にカーボンニュートラルはクリアできる。

 一方、国際的な認定機関であるSBTiが定めるネットゼロは、CO2の排出量を可能な限り削減することを目指す。またカーボンニュートラルは排出スコープ1、2を対象にするが、ネットゼロではスコープ3(組織活動に関与する全ての排出量)まで求める厳しい内容だ。

 米国の携帯事業者の場合、スコープ1の排出量は企業活動の10%にすぎない。一方、約20%を占めるスコープ2を削減するためには、作業車や営業車を電動に替えたり、バックアップ電源をディーゼルからバッテリーに切り替えたりすることが求められる。

 スコープ3では携帯電話やルーターなど、携帯事業者が販売する製品の排出量まで削減対象になる。これは携帯事業者による排出量全体の7割を占める。

 ◇調達基準見直しも

 これを達成するために米大手携帯事業者のAT&Tは、2020年に調達基準の見直しを含めた広範な対応を行った。

 米携帯業界団体CTIAの報告によれば、5G導入によりスマート農業やスマートファクトリーが広がり、25年には330.8MMtCO2e(二酸化炭素換算で3億3080万トン)が削減されると推定している。

 将来的には、5Gネットワークによって携帯バッテリーやホーム・ルーターなどの消費電力をモニターし、効率的な利用ができるようアドバイスを出したり、管理したりする「電力制御ネットワーク」の議論も始まっている。

 これから5Gアドバンスへと進む携帯業界にとって、ネットゼロは企業市民としての責務だけでなく、収益にも貢献する重要な課題となっている。

(この項おわり)

◆用語解説

 ◆SBTi Science Based Targets Initiativeの略称。国連と民間非営利団体(NPO)から構成され、より科学的な根拠によるCO2規制であるネットゼロを進めている。

 ◆排出量スコープ CO2排出量を3つに分類するやり方。スコープ1は企業や団体の事業活動から出る直接排出量を指す。スコープ2は、購入および使用する電力などの間接排出量を指す。スコープ3は企業や団体の活動に関連するすべての間接排出量を含む。

電気新聞2023年7月10日