テトラスパー型の浮体式洋上風力設備を視察するストーレ首相

◆油田生産量は減退/技術応用して巻き返しへ

 豊富なエネルギー資源を擁するノルウェーが、新たな航海に出ようとしている。向かう先は「浮体式風力発電」だ。欧州屈指の経済力を誇る同国だが、北海油田の生産量減退、脱炭素、そして脱ロシアといった課題が迫る。そこで、次世代のエネ資源として洋上風力開発に力を入れる構えだ。風力は他の欧州各国と比べ出遅れ感があった分野だが、浮体式であれば既存産業の強みを生かしリードできる可能性がある。現地でサプライチェーン構築の取り組みを追った。(海老宏亮)

 「これは未来の一部だと確信する」――。ヨーナス・ガール・ストーレ首相は揺れる船中で語った。5月に東京電力リニューアブルパワー(RP)などが同国海域で共同実証する浮体式洋上風力発電設備を現地視察しての言葉だ。設備は同国METセンター(海洋エネルギーテストセンター)の海域に設けられ、2021年11月に運転を開始した。

 陸上で生まれた風力発電は地上の適地減少と同時に、より多くの風力エネルギーを利用しようと洋上に舞台を広げている。まずは浅瀬での設置が適している着床式が中心となっているが、さらに多くのポテンシャルを生かせる浮体式への取り組みが世界各国で活発化している。

 ◇簡素な工程で

 この実証もその一環だ。浮体はどのような方式が最適か、まだ答えは出ていない。

 そうした中、4面体の骨組みを鋼管で組む形状の「テトラ・スパー型」を採用。他方式と比べ製造、組み立て、設置工程を簡略化できることを強みとする。実証でコスト優位性を証明できれば世界へ広がる可能性を秘める。

 そうした浮体式洋上風力産業の受け皿となることが、ストーレ首相の掲げる成長戦略の一つだ。欧州の洋上風力はドイツが着床式を中心に力を入れるが、ノルウェーは出遅れが否めなかった。そこで巻き返しを狙う。

 出遅れの大きな要因は、同国の代名詞ともいえるフィヨルドだ。氷河がその重みで岩石を削り形成した海岸線は険しく切り立っており、陸地から離れるとすぐに数百メートルの水深という箇所が多い。ゆえに海底から構造物を支える着床式の建設が難しかった。

 また、電源構成のほとんどをその急峻な山岳地形を生かした水力発電が占め、新規の電源開発インセンティブが働きづらかった。

 ◇造船とアルミ

 一方で、この国土条件が産業へ有利に作用してきた面もある。この地で発達した造船業は、水深がとれるためドックを設けやすいことに起因する。規模こそアジア勢に及ばないが、北海油田向け海洋プラットフォームなどの特殊構造物の知見が深い。また、水力による安価な電力単価からアルミ産業が発達しており、生産量は世界の十指に入る。ストーレ首相はこれらを「世界クラスの技術力」と評価する。

 北海油田の生産量減退により、石油・ガス関連設備の需要は減少が見込まれる。一方で脱炭素、脱ロシアのニーズから欧州への電力輸出は伸びが期待される。これらを背景に、政府は3月に浮体式洋上風力プロジェクトの入札「ラウンド1」受付を開始。呼応して既存産業も、持てる技術やインフラを活用して同分野への進出へ動き出している。

◆メモ/2海域で公募

 ノルウェーは人口約540万人で、北海道よりやや多い程度。22年の1人当たり国内総生産(GDP)は約11万5000ドルで、4万6000ドルの日本の倍以上だ。年間発電電力量は約1500億キロワット時でその9割を水力が占め、残りは風力など。

 3月から北海南部II第1期(計150万キロワット)とウツィラ・ノルド(同)の2海域を対象に同国初の洋上風力入札を実施している。前者は平均水深約60メートルで着床式、後者は水深200メートル以上で浮体式になるとみられる。

 当初は年内に事業者を決定する、としていたが、国際貿易協定との整合性から、来年にずれ込むと現地で報じられている。

電気新聞2023年8月29日