◇ベンダー不在 米中の立場逆転/技術標準巡り争い激化

 2023年5月、首都ワシントンで、米国の携帯電話業界団体CTIAによる5Gサミットが開催された。席上、国家安全保障会議の担当者は「中国は5Gと6Gの分野で多額の助成金により(欧米における)標準化活動のリーダーシップや国内ベンダー優遇などの動きを活発化させている」と述べ、懸念をあらわにした。ポスト5Gを巡る政治の駆け引きは加熱している。

 携帯の歴史を見ても、5Gほど本格的に各国の政府が介入した携帯時代はない。背景には、過去20年ほどで大きく変わった通信機器ベンダーを巡る米中間の逆転劇だ。

 固定電話時代、ルーセントを輩出し世界を牽引してきた米国だが、携帯時代に入って世界をリードしたのは、欧州のエリクソンやノキアであり、米国は欧州メーカーに敗退し、5Gをリードできる通信機器ベンダーはいない。

 アップルのiPhone(アイフォン)やグーグルのAndroid(アンドロイド)などの携帯端末で世界を席巻する米国だが、5Gを支える自国製の大手通信機器を持たないことは、米国のアキレス腱といえる。

 2012年、世界の通信機器売り上げで長年頂点に君臨してきたエリクソン社に中国のファーウェイ(華為技術)が肩を並べた。

 ◇保護政策で急成長

 1987年に設立された同社は、保護政策のもと国内市場で急成長を続けた。その余勢を駆って、97年の香港進出を皮切りに海外進出を開始した。

 技術も市場も成熟している通信業界で「わずか15年ほど」でトップに上り詰めたことは異常といえる。その躍進を支えるのは売り上げの10%という高い研究開発費もあるが、欧米企業と比べ「半額応札」と俗称される安売り攻勢と、中国金融機関による低利のベンダー・ファイナンスにある。

 この官民一体の攻勢で、エリクソンやノキアは世界各地でファーウェイに敗退し、欧米各国の政府機関を含めた4G基幹ネットワークはファーウェイなしでは動かない状況になった。

 この状況に「自国製5G通信機器を提供できない」米国政府は慌てた。特に、アメリカ・ファースト(米国第一主義)を公約に当選したドナルド・トランプ大統領(当時)は、露骨な政府介入を開始する。

 連邦政府調達における中国通信製品の排除や中国通信事業者の免許剥奪、中国向け輸出規制、5G助成金拡大などを矢継ぎ早に打ち出した。

 最後には、米携帯大手のベライゾン社を連邦政府が買収して「官製5Gネットワーク」を作ることまで検討した。

 切り札は、米国連邦通信委員会(FCC)が22年11月25日、エンティティ・リスト(取引制限リスト)に中国のファーウェイと中興通訊(ZTE)を加えたことだ。同リストは、安全保障上の脅威を理由に米国でのビジネスを禁止する行政命令だ。

 これはリスト記載企業の製品を使う「海外企業」にも適用する強力な規制で、事実上、欧米日韓の大規模市場から両社を締め出し、ファーウェイは存亡の危機に陥った。

 ◇中国主導に警戒感

 バイデン政権でも、5Gにおける対中強硬路線は変わっていない。米中対立は「5G製品の排除」から技術スタンダード争いへと発展している。

 たとえば、米国政府は、3GPPなどの技術標準化団体で中国企業がリーダーシップを取ることに懸念を示し、介入を強めている。

 一方、民間の機器ベンダーは、中国と欧米で規格が分裂することを心配している。特に、現在検討が進んでいるポスト5G(6G)スタンダードでは、サービス面で「AI(人工知能)を駆使した監視能力の拡大を目指す方向」と「AIでプライバシー保護を強化する方向」へと大きな亀裂が入っている。ポスト5Gは予断を許さない厳しい状態にある。

◆用語解説

 ◆ベンダー・ファイナンス 製品を販売するメーカーや販売会社が、その販売に際し、リースや分割払い等の金融サービスを組み合わせて提案すること。

 ◆ルーセント マザーベル(旧AT&T)から分離した機器製造部門。固定電話時代に世界の通信機器業界を席巻した。

電気新聞2023年7月3日