前回は「新しい価値を生むためには、アポロ計画のような複雑な問題として取り組んではいけない、やっかいな問題として取り組むべきである」という解説を行った。最終回の今回は、「やっかいな問題(正解が存在せず、さらに時間によって状況が変わる経営の問題)」として取り組むためには、どういった組織で取り組むべきなのか、について解説したい。新価値創造は経営そのものである。そのため、会社に新価値創造の部署をつくればうまくいく、というものではない。

 最終回では、「新価値創造のできる組織」について議論したい。
 

「独立」は成功せず

 
 昨今、「新価値創造をミッションとした部署」を社内に設置する会社が多く存在している。では、そういった独立した部署を立ち上げれば新しい価値は生まれるのだろうか?

 残念ながら、それで成功事例を生みだしている会社の話は聞こえてこない。それはなぜだろうか?

 ベンチャー企業ではなく、既存の企業において新価値創造を成功させるためには、既存の部署と同じように新価値創造の部署をつくるよりも、「出島」と「神話」の2つの考え方で環境を整備することが必要である。

 ダートマス大学のビジャイ・ゴビンダラジャン教授によると、既存の企業において新価値創造を成功させるためには「忘却(これまでの成功の常識を捨てる)」「借用(顧客やブランドは用いる<ただし、人事や経理の機能はシェアしない>)」「学習(計画達成よりも何を学習するかが重要)」が必要である。

 これらを実現しようとすると、「新価値創造に取り組む人たち」に、「出島」の環境で仕事をしてもらう必要がある。出島というのは、「本体の組織とつながりながら、本体とは異なる文化・運用で働ける環境」という意味である。出島を用意しないと、リフレーム思考を志向する人たちは、たちまちリニア思考の枠組みに取り込まれて、成果を生みだせなくなってしまうだろう。

 もう一つの重要な考え方である「神話」とは、西遊記や桃太郎のようなチームをつくる必要がある、という意味である。新価値創造には、「絶対にうまくいくという保証」など、どこにもない。しかも、かなりの苦難に満ちた旅になる。しかし、あきらめずにその旅を続けて成功を目指すためには、「仲間」が必要だ。どういった仲間が必要かというと、まず「こういった世の中をつくっていきたい、という志(=世界観)」が同じでなければならない。また、それぞれのメンバーが異質な能力を持っている必要がある。

 

成功するバンドへ

 
 成功するバンドを結成する、という方がイメージが近いかもしれない。強い意志は重要だが、ジョン・レノンばかり集めるといつまでたっても音を出せない。ボーカル、ギター、ベース、ドラムといった異質な能力を持つ人たちを集めて、「自分たちのオリジナルなサウンド」を生みだそう、といった体制が必要になる。

 5回にわたって新価値創造について「実践と学術」の立場から議論してきた。読んで頂いている皆さんの成功に少しでも寄与できれば幸いである。

(全5回)

電気新聞2023年2月13日