「新価値(新商品、新サービス、新規事業)」を生みだすためには、どうすればいいのだろうか?「あのヒット商品は、このようにして生まれた」といった趣旨の書籍はあるが、当の企業に聞くと、「いや、あれは全部後付けの話で、実際は全然違いますよ」という声が聞こえてくる。確かに、同じ成功事例でも、書籍によってその経緯が全然違っていたりする。このように、カンと経験でしか語られてこなかった「新価値創造」について、そのプロセスの解説を行いたい。

 今回は、「価値を生むために重要なことは何か?」について議論したい。
 

ドラッカーの批判

 
 「会社の未来を支える、新しい価値を生みだす」べく、企業で取り組むときには「どういうことをすればよいだろうか?」とソリューションから考えようとする場合が多いのではないだろうか?

 このようなアプローチを、ピーター・ドラッカーは批判している。彼の言葉を引用しよう。

 「意思決定についての議論が、問題の解決、すなわち答えをだすことに集中している。間違った焦点の合わせ方である。重要なことは、正しい答えを見つけることではない。正しい問いを探すことである」

 我々は受験勉強で鍛えられてきたため、「正解を求める」ことが習い性になっている。しかし、新しい価値を生みだすためには「正しい問い」を探さなければならない。

 図を用いて解説しよう。

 新しい価値が生みだされるときには、「顧客の抱えている課題やニーズについて、新規性がありかつ妥当性のある洞察」がもとになっている。例えば、「居間のオーディオでいい音で聴く」よりも「そこまでいい音ではなくても屋外で音楽を楽しみたい」のではないか、という洞察に基づいて生まれたのが携帯音楽プレーヤーの「ウォークマン」である。このように「まだ顧客自身も言語化できていないニーズ」を把握するのが、ドラッカーの言う「問いを立てる」である。

 行動観察という方法論においては、上述のプロセスが行われている。すなわち、顧客の行動を場において観察し、そこで起こっているファクトが意味するところを洞察して「インサイト」を出し、そしてそのインサイトをもとにして新しい価値を考えていく。
 

医者の診断と同じ

 
 これと同じことをしているのが医者である。調子が悪くて病院に行ったとしよう。そうすると、医者は患者の症状(ファクト)を集めていく。顔色はどうなっているか、いつから症状が出ているのか、血液検査の結果はどうか、などなど。これらのn=1の情報をもとにして、「この人はこの病気だろう」という診断を下し、その診断に基づいて治療を行う。この「診断」が、インサイトに該当する。もし診断が間違っていたら、どんなハイテクを使って治療を行っても病気は治らない。

 新価値創造も同じである。インサイトを出す(=問いを立てる)ことが、フォーサイトを考える(=答えを出す)ことよりも重要なのである。

 また、「新規性と妥当性を兼ね備えたインサイト」を生みだそうとするときには、知見(ナレッジ)が必要になる。医療の知識がなければ正しい診断を下せないのと同じだ。今後は心理学などのアカデミックな知見の応用が不可欠となるだろう。

電気新聞2023年1月23日