新商品、新サービス、新規事業といった「新しい価値」を生みだすことは今、様々な企業にとって大きな課題になっている。しかしながら、どの企業も苦戦しているのが実情である。どうすれば新しい価値を創造することができるのだろうか? 私は「日本の企業で新価値創造をどう実現するか?」をテーマに、「様々な企業との実践」と「学術的な研究活動」の両方を行っている。そのような立場から、「どうすればいいのか」について本連載を通じて解説していきたい。

 第1回の今回は、「新しい価値とは何なのか?」について考えたいと思う。

 ピーター・ドラッカーは、「企業の基本的な機能は2つしかない」と看破している。1つは「マーケティング」である。ただ、これは「こういったサービスを考えたから、どうやって売ろうか」という意味でのマーケティングではない。ドラッカーの言う「マーケティング」は、「そもそも、顧客はどういう欲求を持っているのか」というところから考える、という意味である。もう1つは「イノベーション」である。この言葉は人によって意味が全然違っている。「技術革新」のことをイノベーションと呼ぶ人もいるし、「カイゼン」のことをイノベーションと呼ぶ人もいる。本稿では、ドラッカーの定義に従い、「新しい満足を生みだすこと」をイノベーションと呼ぶ。つまり、「新しい価値を生みだすこと」がイノベーションである。
 

3つの特徴理解を

 
 多くの企業が追い求める「新価値創造」がやっかいなのは、そもそも「価値」という概念を定義することが難しく、また「価値」を客観的に計測することが困難だからだ。そのため重要な課題であるにも関わらず、学術やビジネスの両方の分野で取り扱いにくいものとなっていた。そこで、最初に「価値というものが持つ3つの特徴」を皆さんに理解して頂きたいと思う。

 まず1つ目の特徴は「価値はお客さまのためになるもの」だということである。「経営の神様」の異名を持つ松下幸之助は、「無理に売るな。客の好むものも売るな。客のためになるものを売れ」と発言している。一番重要なのは「お客さまが欲しがるか」よりも「お客さまのためになる」ことである。つまり、価値を生みだすためには「何をすればお客さまのためになるか」を俯瞰して考える必要がある。

 特徴の2つ目は「価値は主観的である」ということである。例えば、Aさんにとってとても価値のあるものが、Bさんにとっては全く価値がない、といったことが起こるのはこのためだ。主観の要素が大きいため、価値を計測することはとても難しい。つまり、価値を生みだすためには、「人間が主観的に感じること」、すなわち人間の心理を深く理解する必要がある。

 最後、3つ目の特徴は「価値はお金と引き換えに得るもの」ということである。ウォーレン・バフェットの発言には、「価値とは、お金を払うことによってあなたが得るものである」という趣旨のものがある。

ビデオデッキの「価値」は、「放送時間にテレビの前にいなくても、番組を観る時間をずらせること」。「録画できる」は「価値」ではなくて「仕様」である

「仕様」と「価値」は違う

 
 ソニーがビデオデッキを世に出したときに「提供しようとした価値」とは何だろうか?「テレビ番組を録画できること」と答えた人は、「仕様」と「価値」を混同しているので要注意である。「録画できること」はあくまで「仕様」であって、「価値」ではない。ビデオデッキが提供した価値は、「タイム・シフト」。すなわち、「テレビ番組を見る時間をずらすことができる」という顧客が獲得できることが価値である。

 次回は「価値を生むために重要なことは何か?」について議論したい。

電気新聞2023年1月16日