欧米では機体開発が商業化の一歩手前まで来ている一方、離発着場や空域管制、充電機器などの地上設備の開発は道半ばにある。2025年大阪・関西万博で空飛ぶクルマの飛行を狙う日本でも、ようやく地上設備に関心が集まってきた。今回は、地上設備について解説していこう。
どんなに素晴らしい機体があっても、安くて安全な離発着場(バーティポート)が街中になければ運行は実現しない。広義のバーティポートは規模に応じて、バーティハブ、バーティポート、バーティストップの3種類に分かれる。
バーティハブは、複数の空飛ぶクルマが駐機して充電できるだけでなく、保守メンテナンスや乗客やスタッフの搭乗手続き場や待機オフィスなども含む総合的な施設。大量の充電を同時に行うためメガワット・クラスの電力設備が必要となる。
当面、米国ではダラス・フォートワース・エアポートやロサンゼルス・エアポートなど大都市近郊の空港に併設される予定だ。この空港併設型は、一般商業航空機が離発着するため本格的な空域管制を設置する必要がある。26年頃に開始される商業飛行では、離発着回数が少ないので、ヘリコプターの進入経路を使って、空港の管制官が誘導することになるだろう。
バーティポートは、効率よく運営するため離発着場および駐機場が2つ以上あり充電設備も備えている。離発着場が複数あると機体が故障してもある程度運用を続けられる。乗客の控室兼搭乗手続きもついている。
バーティストップは、離発着場が1つだけで、駐機場も充電設備もない。バス停のように、朝夕の通勤などに利用する簡易施設を想定している。
建設ガイドライン、現状は混沌
バーティポートには、各国の航空法に準拠する正式な設計ガイドラインがない。ヘリポートの場合、離発着場所の広さや衝突時の耐久性、侵入する角度などが細かくガイドラインで決まっている。一方、開発中の空飛ぶクルマは様々なデザインがあり、性能や離着陸アプローチも千差万別。各国の航空局は、統一的なガイドラインを作るための十分なデータを集めている状態だ。
とはいえ、米ロサンゼルス市やダラス市では26年の運行開始を想定しており、バーティポート建設をそろそろ準備しなければならない。普通、ヘリポート建設では住民説明から完成まで2年から3年は必要だ。バーティポートも同様の期間が必要だろう。
そのため、FAA(米連邦航空局)は22年9月に仮のバーティポート建設ガイドラインを発表した。欧州のEASA(欧州航空安全機関)も、同時期に運行を狙う英ロンドン市などのために22年春に仮の整備基準を発表している。
ところが欧米の仮設計基準は、大きく食い違っており機体メーカーが混乱している。欧米ともに、正式なバーティポート・ガイドラインは数年先になる予定で、現状は混沌としている。
日本でも、大阪・関西万博で空飛ぶクルマを飛行させるため、離発着場の検討を国交省および官民協議会で進めている。万博では、複数メーカーの機体で数分おきの離発着を計画しており、実現すれば欧米を超えた過密スケジュールのバーティポートとなる予定だ。
近年、日本の高層ビルには、屋上にヘリポート設置が義務付けられている。これをバーティポートに利用すれば、日本は空飛ぶクルマの実用化で世界をリードできるだろう…そんな話をする欧米のコンサルタントに時々出会うことがある。
残念ながら、これは夢物語だ。高層ビルのヘリポートは災害時用の簡易設計で、商業利用基準を満たしていない。また、高層ビルの屋上に大型充電設備を設置する追加工事が高額なことも転用を困難にしている。バーティポートは、安価でなければならないからだ。
駐車場並みコスト
現在開発されている空飛ぶクルマは4人乗りが主流で、大量輸送には向かない。この点が、羽田や伊丹などの商業空港と街中に作るバーティポートの違いだ。前者は大量輸送を前提に大型投資が許される。一方、タクシーやハイヤーに近い空飛ぶクルマの離発着場は、駐車場並みに安くなくては採算が合わない。
もちろん、大型空港に併設するパーティハブは公共的な意味が強いため大型投資となるだろうが、都心のバーティポートや住宅地のバーティストップは安く建設できなければ、ビジネスが成り立たない。これがバーティポートの整備を難しくしている。
病院や消防などのヘリポートは、設備だけで1カ所5千万円から1億円以上。土地などの利用料も高額だ。30年程度の長期投資としても、空飛ぶクルマの料金は1回数万円になってしまう。これでは誰も利用しないだろう。
このように考えると、素晴らしい機体が開発されても、安い地上設備ができない限り経済性が成り立たず、空飛ぶクルマ・ビジネスは普及しないだろう。いま、欧米企業や政府が、地上設備に高い関心を示しているのは、こうした理由からだ。
電気新聞2022年11月21日