前回は架空ビル街の多様で確率的なビルマルチ空調機群の分刻み電力デジタルモデルを紹介した。今回はそれらデジタルモデル群に対してFastADRアグリゲーションによってデルタキロワットを創出するエミュレーターを用いたデジタル実験について紹介する。また、将来のビルマルチ空調電力エミュレーターのクラウドテストベンチ化による、さらなるアグリゲーション開発環境の改善構想について紹介する。

 前回は、架空ビル街のビルマルチ空調機群として、多様性あるビル100棟・空調機1500台のデジタルモデル群を示した。今回は、このモデル群を使ったFastADRアグリゲーションのデジタル実験について述べる。
 

意図したデルタキロワットに

 
 図1はN研究所のエミュレーターを用いて、午後3時からビル棟数20棟・空調機数320台を半分ずつ10分でローテーションしてデルタキロワット=500キロワット×20分間のFastADRアグリゲーションを模擬したデジタル実験の事例である。台数をあえて少なめにしているのは意図的にならし効果を抑えて不確実性を評価するためである。制御時間の長さは将来的な調整力商品など、ローテーションの在り方は室内環境への影響などを考慮して設定した。開始時間1分前の分刻み電力値をベースポイントとし、そこから相対的に抑制値増減を表示してある。上図で分刻み電力曲線が10本あるのは同一条件で10試行実施したことを示しており、確率的バラツキを評価できる。


 下図は、FastADRを実行しない平常運転時の真の架空運転ベースライン(灰色)を重ねてプロットすることで、正味の電力抑制量を分刻みで明らかにしたデジタル実験の例である。過去の実績からベースラインを得るのではなく、同じ条件で平常運転と抑制運転を模擬・比較できるのが強みだ。上図下図の実験とも四角い網掛け部分で示すように、意図したデルタキロワットが得られていることが分かる。

 これらデジタル実験の価値はもちろん、モデリングの「もっともらしさ」次第だ。前回述べた通り、筆者はモデルに多様性を持たせて大量の模擬を行えば一定の「もっともらしさ」を確保できると考える。実機実験でも、ある制御に対する結果として常に寸分たがわない分刻み電力を得ることは不可能だし、また、その必要もない。そもそも実機実験は、場所ごと設備ごと運用ごとに毎回結果が異なるからである。実機・デジタルを問わず、こうした実験に求められるのは、FastADRアグリゲーションの開発段階で、制御や条件の変更を繰り返し評価できる共通基盤「テストベンチ」としての機能である。
 

実験環境の共通基盤を提供

 
 テストベンチは制御対象を統一的に模式化、固定化する。このため制御ソフトウエアを繰り返し試験・評価することを可能にする。また、リソースアグリゲーターがFastADRアグリゲーションに機械学習を適用する場合、稼働中の実在ビルからは満足な量と質の学習データが得られないという問題点へのブレークスルーとなる。つまり、「もっともらしい」デジタルモデルを使ったエミュレーションによってビルマルチ空調機という潜在力は高いが活用が難しいリソースのアグリゲーションビジネス開発を後押しできるはずだ。


 図2は、N研究所のビルマルチ空調電力エミュレーターを今後クラウドテストベンチ化する構想図だ。リソースアグリゲーターを目指す企業にとって、需要家DR制御対象の大規模なデジタルモデル群の開発は大きな負担となろう。そこで、共通のテストベンチを多くのユーザーがクラウドから制御実験できる環境の提供は大いに意義があると思われる。

 N研究所では、配電系統の分散型エネルギーリソース制御シミュレーションや、時系列デジタルモデリングなどに使えるテストベンチツールもサポートしており、この分野への貢献を目指している。(N研究所ホームページ:https://n-laboratory.com/

(全3回)

電気新聞2022年9月26日