前回紹介したように、ビルマルチ空調機群による高速デマンドレスポンス(FastADR)は大量にアグリゲーション(集約)すれば、分刻みの需給調整力として使える可能性が高い。アグリゲーションサービス開発には実証が必要だが、運転中の大量の空調機による実機実験は不可能である。代替となる大規模シミュレーションを実現する、分刻みの確率的な空調消費電力の振る舞いを模擬したデジタルモデルを紹介する。
 

多様な構成を仮定

 
 ビルマルチ空調機群によるFastADRアグリゲーションは、少なくともビル数十棟・空調機数百台の規模が望ましい。サービス開発には集約制御を行った際に得られる電力抑制動向の把握が不可欠だが、現状この規模の実機実験は通信制御システムもなく不可能である。また、実機実験は特定個体の試行にすぎず、全国の様々なビル群・空調機群の確率的な運用状態を俯瞰できるわけではない。一方、シミュレーションは、多様な構成を仮定できて再現解析も可能であり、このような大規模FastADRアグリゲーション開発に適している。

 ビル空調の熱負荷シミュレーターはすでに数多く存在するが、いずれもセントラル空調向けである。そこで筆者は過去10年、ビルマルチ空調機の分刻み電力変化を模擬するシミュレーターを開発してきた。本物のように似せて振る舞う意味で「エミュレーター」と呼んでいる。このエミュレーターに用いるデジタルモデルは、(1)世の中にある様々な空調機、ビルの建築構造、運用設定を表す多様性ある架空モデル群として構成されていること(2)DR発令ごとに確率的な分刻みの電力消費応答をすること――が必須である。


 図1に、筆者が取り組んできたN研究所のデジタルモデルの概念を示す。上記(1)については、実際のビル街画像データを参考に、ビルの階高、平面図、構造、空調設備、部屋用途、日照条件などの多様性を持たせた。(2)については、多様な条件下の室温変化をベースにビルマルチ空調に特有の確率分布およびランダムバラツキを加えて分刻み動作を模擬。この分刻みモデル電力とFastADR制限指令値を比較して最終的な電力抑制量を1分刻みに出力表示している。

 図2上図に、デジタルモデルに取り込んだ架空ビル群の床面積と空調設備規模の分布と、電気設備学会データベースに登録された同様の分布を重ねて示した。比較的近い分布になっていることが分かる。N研究所のデジタルモデルは100棟の多様なオフィスビルで構築されている。基準階形状寸法、建築構造、部屋用途、空調仕様などをできるだけ実在のビル群を想定した多様性を持たせた。その結果、図2下図に示すように、ビル100棟それぞれにおける一日の運転データ例(各1本の線)をみると、様々な空調電力消費状況を示しており多様性とバラツキがあることが分かる。

 

実験環境を整える

 
 N研究所では、この架空ビル群の大規模ビルマルチ空調機群の分刻み電力デジタルモデルを使って、ビルマルチ空調電力エミュレーターでFastADRアグリゲーションを机上実験できる環境を整えることができた。次回はこのエミュレーターを用いて架空ビル群のビルマルチ空調機デジタルモデル群によるFastADRアグリゲーションの抑制精度・毎回バラツキ・ベースラインのデジタル実験を紹介する。

電気新聞2022年9月12日