ビルマルチ空調機はビル用マルチエアコンとも呼ばれ、中規模以下の業務系ビルの大半が導入している。全国で150万台あまり設置されていると推定され、定格消費電力の単純合計は1500万キロワットにおよぶ。機器自体が集中制御に対応し、インバーターを内蔵しているため細かく運転調整が可能という、DRのリソースに適した特長を持つ。
 

分刻み・短時間の応答

 
 従来、DRは1時間程度といった比較的長い時間の需要抑制を想定していた。近年は需給調整市場が整備され、分刻み・短時間の需給調整力としてのFastADRへの期待が高まりつつある。筆者はビルマルチ空調機のリソース化に注目しているが、現時点では空調機によるDRは室温への影響などもあり現実的ではないと考えられている。しかし、建物の熱慣性により室内の人が不快に感じない短時間の需要抑制をIoTでローテーションする自動制御により、発令都度の交渉不要な分刻みのFastADRを実現する可能性がある。

 図1は筆者が構想するFastADRアグリゲーションの概念図である。まず、アグリゲーション・コーディネーターがFastADR集約目標値をリソースアグリゲーターに発令。リソースアグリゲーターはビルマルチ空調機に電力制限指令を発令する。室外機1系統ごとに10分程度・数キロワット抑制の指令を想定している。ビルマルチ空調は各室外機が自律的に稼働するため、運転を制御しても消費電力にバラツキが出る。しかしサイコロを何度も振れば1~6の目が均平化される様に、台数を増やして数百台の抑制電力デルタキロワットを集約すれば、確率要素が打ち消されてならし効果が出てくるはずだ。

 図2は、こうした考えに基づいて筆者が行ったFastADRアグリゲーションのならし効果実機実験と、筆者が構築したデジタルモデルとの比較である。集約台数を、1(個別)、10、100台として電力抑制指令への応答試験を複数回試行した。10、100と台数を増やして集約、アグリゲーションするに従って、ならし効果が出て、指令に対する応答がまとまってくることが分かる。また、デジタルモデルも個々の応答は一致しないが、集約とともに期待値と分布が近似してくる。つまり、多数台集約すれば指令に対して予測可能な消費電力抑制が得られ、FastADRアグリゲーションとしての有用性が高まる。


 

実機実験はほぼ不可能

 
 ここで問題なのは、数十~数百棟のビルに設置された空調機数百~数千台といった大規模な実機実験は、各ビルにDR用制御通信システムが普及していないため、ほぼ実現不可能ということだ。この規模の実機実験ができないと、その確実性や副作用が検証できず、DRの経済的価値がはっきりしない。このため、アグリゲーションのサービス・仕組みの開発が進まない、開発が進まないので実機実験できるビル群・空調機群が大規模とならない、という悪循環にある。ビルマルチ空調機群は、大規模にアグリゲーションすればFastADRに活用できる潜在力を持っているのに、少ない台数の実機実験しかできないため不確実と評価されているのは残念だ。

 大規模な実機実験が現実的でない以上、大事なのは実機実験を代替して詳細に繰り返し机上実験できる大量多様なビルマルチ空調機群FastADRのデジタルモデルと、リアルタイム・シミュレーターである。次回は筆者が大学で10年間研究し、自ら興したN研究所でツール化したビルマルチ空調機群の分刻み電力デジタルモデルとFastADRアグリゲーション・エミュレーターを紹介する。

【用語解説】
 ◆DR(Demand Response) 電力側の要請により需要家設備の消費電力を一時的に抑制する機能。

 ◆FastADR(Fast Automated Demand Response) IoTで自動化されて数分で応動する高速精密なDR。

 ◆DRアグリゲーション 多数需要家の電力抑制制御応答を集約して規模を大きくするサービス。

 ◆エミュレーター あたかも本物のようにリアルタイムで振る舞うシミュレーター。

電気新聞2022年9月5日