本稿にて直流の特徴、海外事例、動向などを解説した。最終回は、直流の課題と展望である。関心度の低さや情報量の少なさから、我が国における直流への興味は限定的であった。自然科学、物理に基づく普遍的な直流の特徴を理解した上で、適材適所に直流を活用する取り組みについて、欧米、中韓などの諸外国は、一歩先を行く。我が国は周回遅れとなりつつあるが、半導体や電池など基盤技術でノーベル賞を輩出する日本には、秘められた底力があるはずだ。


 2006年6月、米国電力研究所(EPRI)は、日米欧の専門家を招き、首都ワシントンDCで作業会を開催した。エンロン破綻による電力危機に加え、シリコンバレーで急増するIT企業の電力消費抑制が喫緊の課題であった。直流を有望な対策案として位置付けると同時に、克服すべき課題が議論され、その優先順位も整理された。2年後、日本でも同じ議論、作業を行ったが、結果は米国と同様であった=図1
 

標準化活動が加速

 
 交流は、長い事業期間を経て、国やエリアごとに標準が成立している。しかし、直流の統一規格・標準はなく、どこでも使える国際標準を作ることが、最優先事項とされた。情報通信分野では、直流400V以下の規格が、欧州電気通信標準化機構(ETSI)から02年に発行された。これをベースとし、スウェーデン提案で国際電気標準会議(IEC)に直流1500V以下の標準を議論するための戦略グループが09年に設立。以後、直流分野の標準化活動が加速し、他の国際標準、民間規格などの制定に影響を与えた。

 交流は、正負の向きか変わる瞬間にゼロ点を通過するため、開閉や遮断が容易だ。直流は、ゼロ点が無く、遮断やアーク消弧が困難で、これが技術的な最重要課題になる。22年5月、姫路で開催された国際会議でドイツの大学教授による直流系統についての講演後、参加者から遮断に関する質問が出た。回答は次の通りである。「直流の遮断は、困難だが、電鉄や通信のような産業事例は多く、適用を妨げる程の制約とまでは言えない。ただし、遮断・開閉器、関連機器の性能・機能向上の研究開発は、継続して必要である」


 「直流」という用語を耳にする機会が増えた。しかし、成果、知見、また課題などが体系的に整理、蓄積されておらず、「直流」を正しく理解するための情報も不十分だ。直流の利用実態を建造物に例えると、現状では、図2のように、砂上の楼閣と言わざるを得ない。急がば回れ、まずは土台の基礎固めが必要である。
 

コア人材の育成を

 
 近年、洋上風力への関心が高く、電力輸送には、直流海底ケーブルによる送電が検討されている。この開発を含め、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)は、「多用途多端子直流送電システムの基盤技術開発(20~23年度)」事業を実施中だ。平行して、技術・ノウハウの蓄積や人材育成を目的とし「NEDO特別講座」を21年度に東京都市大学、東京工業大学、徳島大学の3大学連携で開設した。諸外国に負けないコア人材育成の拠点として、大いに期待したい。

 低炭素化やエネルギー転換を実現させるためには、エネルギーインフラの最適化という複雑なパズルを完成さなければならない。そのパズルの完成には、直流というピースが必要不可欠だ。そして前回紹介したように、諸外国はそのピースの獲得に鎬(しのぎ)を削っている。この獲得合戦に我が国もはせ参じる時ではなかろうか。

【用語解説】
 ◆EPRI Electric Power Research Institute、電力生成、供給、使用、安全、環境に関連する研究開発を行う、米国の非営利団体。

 ◆アーク、消弧 電極間に電位差が生じ気体分子が電離するとプラズマ状態になる。アークは、プラズマに通電し光と熱を発している放電状態。消弧は、このアークを取り除き、電極間の絶縁を回復させ、短絡などの異常から回路の遮断・保護を可能にする。

 ◆NEDO特別講座 日本の産業技術発展のため、先端分野や融合分野の技術を支える人材の育成と人的交流の面から産学連携を促進するためのNEDOプログラム・事業の一つ。

(全5回)

電気新聞2022年7月25日