脱炭素社会に向けたビジネスが世界各国で加速している。化石燃料を利用する産業は二酸化炭素(CO2)の排出が不可避である。しかし排出したCO2を分離・回収できない事業には、金融機関が投資を避ける時代が到来した。CO2分離・回収は成長の継続に不可欠な技術ということだ。そしてその技術を背景に多国間排出権取引のルール形成に、日本としていち早く関与することが重要だ。脱炭素技術は、環境改善だけでなく、国際競争に勝ち抜くための技術でもある。
 

可逆的なプロセス

 
 CO2の排出削減は、地球温暖化を防ぎ、持続可能な社会を実現するために喫緊の課題である。CO2を固定化する技術には、バイオマスや植物に吸収させる生物化学的な方法、地中や海中に埋める物理的な隔離法、アミン化合物溶液による化学吸収法などが挙げられる。これらの技術はCO2の大気拡散を低減させることはできるが、吸収・隔離したCO2を取り出すことは難しい。すなわちこれらはすべて不可逆なプロセスである。

 MOFで構築されるCO2「回収」技術は、回収したCO2を好みのタイミングで再度取り出して、利用できることが特徴だ。つまり「可逆的な」プロセスの技術と位置づけられる。これにより、CO2を必要とする事業の需要に応えることが可能となる。温室効果ガスとして吸収・隔離すべきものとされるCO2だが、水素との合成によるメタン製造(メタネーション)、ポリカーボネートなどの化学品、コンクリート製品などにリサイクル可能な資源としても期待されている。

SyncMOF社が開発したCO2回収用のMOF。工場排ガスのCO2濃度や組成に合わせて適切なMOFを合成する

 SyncMOF社では、大気中のCO2単離MOFを開発=写真上。このMOFを利用した「CO2分離回収機」=写真下=を製作し、国内企業などに導入して、PoC(Proof of Concept、概念実証)を実施している。実際には、CO2だけでなく、提携先企業の要望に応じたMOFを選定することで、メタンや水素同位体といった資源ガスの分離・回収を行っている。

MOFを利用したガス分離回収機。上部の1―4のポートには、捕集したいガスを選択的に吸着するMOFフィルターが入っている

 さて、世界共通の長期的な目標となった「脱炭素」は、一見すると無縁と思われる金融機関・保険機関も巻き込み、地球温暖化防止の政策としてだけでなく、カーボンクレジットといういわば新しい「金融商品」を生み出した。脱炭素を基軸としたビジネスモデルを構築できない企業は、これまでのように融資・投資が受けられず、今後のビジネスの拡張が望めなくなった。それに伴い、様々な脱炭素化に向けた取り組みの中で、CO2回収技術が注目されるのは必然の流れである。
 

再資源化でも優位

 
 工場排ガスなどCO2濃度の高い大規模集中発生源からのCO2回収だけではなく、大気中など極低濃度CO2の直接回収(DAC)も開発が進められている。前述したSyncMOF社の「分離回収機」もDAC技術によるものだ。このようなDAC技術を日本から発信できれば、世界的なカーボンニュートラルに貢献できるだけでなく、多国間排出権取引と結びつけ、わが国の産業競争力の強化につなげることができる。多国間排出権取引のルール形成で他国に先手を取られれば、当該国にわが国の経済発展を抑制されることになりかねない。脱炭素技術を背景に日本としてルール形成に参入すべきと考えている。SyncMOF社のMOFを用いたDAC技術はその一助になれると自負している。

 国際的な舞台で脱炭素のルールメイクに先導的な立場を取ることができれば、エネルギー資源が少ないとされている日本が世界的な産業競争力を獲得する可能性が期待できる。中でもMOFによる脱炭素は前述の通りCO2再資源化にも優位性がある。MOFは単なるガス分離材ではなく世界経済を左右するキーマテリアルになるはずだ。

【用語解説】
 ◆DAC Direct Air Captureの略表記。大気中から直接、CO2など目的ガスを回収すること。

 ◆排出権取引 CO2を排出する「排出枠」を設定して、その排出枠を取引する制度。排出枠は国ごとに設定され、その後、企業に分配される。企業はその排出枠内でCO2を抑制しながら経済活動を行うが、排出枠を超えたCO2は他企業から購入する。企業の経済活動とCO2排出量削減は密接にリンクするため、CO2分離回収技術は経済の要となる可能性がある。

電気新聞2022年6月6日