MOFは、金属イオンと有機配位子が配位結合を介して連結し、組み上げられた結晶性の固体で、内部にガス分子がぴったりと納まる程度のナノ空間を有する物質である。MOFを合成する研究者は、ナノ空間の建築家である。本稿では、ナノ空間の建築家である我々が、いかにして分離・濃縮したいガス分子に対してMOFナノ空間を自在に設計し、その目的を達成してきたかを紹介する。読者の方々もMOFナノ空間の建築家になった気分で読み進めて頂きたい。
 

混ぜるだけで骨格

 
 積み木で作ったお城は少しの外力で崩れるが、プラスチック製ブロック玩具で作れば少々触った位ではびくともしない。それはブロックに結節点があるからだ。また、結節点があることであらかじめ組み上げられる構造は決まっている。MOFの構成要素である架橋された有機配位子と金属イオンが結節点となり自動的に構造物となる。一般的に、MOFは金属イオンと有機配位子の溶液を試験管の中で拡散させる拡散法で合成する。混ぜるだけで、骨格の構成要素が組み上がり、自己集積することで構造物が得られる。このようにナノ空間は簡単に合成可能だ。

 また、他の多孔性材料と比較したMOFの特徴として、有機配位子の骨格の性質や機能をナノ空間に直接反映できること、金属イオンの配位数だけ構造の多様性があることが挙げられる。合成前に意図した空間を設計できるため、ターゲットとなるガスのみを分離・濃縮することができる。建築前に建物空間を特定の人向けに設計し、趣味趣向が一致する人だけを大勢集めるようなものだ。

 例えば、有機配位子にヒドロキシル基を導入すれば、ナノ空間を親水性にして大気中の水を効率的に集めるMOFを合成でき、有機配位子の一部にアミノ基を導入すれば、大気中の希薄な二酸化炭素(CO2)を濃縮するMOFも容易に合成できる。このように合成が容易なため世界中でMOFの合成・開発が進んだが、実験室の合成方法からパイロットプラントでの合成方法への移行が困難なため、トンレベルでの合成に成功しているのは、SyncMOF社のみである。
 

表面修飾性を利用

 
 ガス社会構築に向け、運搬が難しいガスをボンベに濃縮する技術が求められる。一般的に爆発性を示すガスはボンベでの濃縮が難しく運搬が容易ではない。例えば、アセチレンガスは非常に反応性が高く、たった2気圧の加圧で分解爆発する。もしもアセチレン分子を安定にナノ空間へ吸着、濃縮できれば、MOFならではの高機能表面を利用した吸着機能となる。

 CPL―1と呼ばれるMOFは非常に小さな、いわば一次元ナノ空間を有している。その表面には配位子由来の塩基性の酸素原子が露出している。直線的な分子形状のアセチレン分子はその向きを細孔壁の酸素分子の方に傾け、まるで酸素分子に包み込まれているように取り込まれることが分かった=図。また細孔内部のアセチレンは爆発限界の約200倍もの密度に濃縮されている驚異的な状態である。このようにナノ空間の表面修飾性を利用すれば爆発性ガスも安全に濃縮できる。これを利用し、SyncMOFでは、MOFを既存のボンベに充填し、様々なガスを大量輸送できるボンベを大手メーカーと共同開発している。このようにMOFは、ナノ空間に意図した機能を盛り込める。さらに、近年ナノ空間の構造を分離濃縮したいガス分子の形に変化させて効率的に選択分離できるMOFも開発されている。

 ここでは配位結合の柔軟性を生かした吸着分離材を紹介する。生体内血液中のヘモグロビンタンパク質は酸素を効率よく運搬することが知られている。ヘモグロビンは構造の中に4つの酸素と相互作用可能な鉄イオンサイトを有し、1つの部位が酸素を取り込もうとすると、残りの3つの部位が酸素を取り込みやすいようにタンパク質全体の形を変える。一酸化炭素(CO)中毒の原因は、COが空気(窒素や酸素)よりも早く、このサイトに吸着するからだ。こうしたヘモグロビンと同じ機能を持ったMOFが、初めて生体模倣したMOFとしてScience誌で広く知られるようになった。困難だったCOと窒素の分離を高効率で実現するMOFだ。

 COは反応性が高いため、MOFで簡単に分離回収できれば、単に排ガスではなくなり、酢酸合成などの化学原料としても使用できる。排気ガスをごみではなく、資源化する技術も分離精製技術の進歩が必須であり、MOFはその一端を担っている。

【用語解説】
 ◆配位結合 結合を形成する2つの原子の一方からのみ結合電子が分子軌道に提供される化学結合

 ◆ナノ(メートル) 記号はnm。国際単位系の長さの単位で、10のマイナス9乗メートル=10億分の1メートル。

電気新聞2022年5月23日