我々の身の回りでは様々な多孔性材料が使われている。冷蔵庫や車の消臭剤、床下除湿や猫の砂といった吸湿材がそれである。ミクロな視点で見れば、多孔性材料の「孔(あな)」が臭いの元となるガス分子や水分を回収することで、その機能を発揮する。この孔を自在に設計し、目的のガス分子を除去できる新たな多孔性材料・MOF(Metal-Organic Framework)に注目が集まっている。この素材を巧みに用いることで我々が手にする未来を全5回に分け紹介する。
 

エネルギー資源の変遷

 
 人類の歴史は、エネルギー資源の変遷の歴史といっても過言ではない。19世紀以降、固体である石炭が蒸気機関車や石炭火力発電所、製鉄所で使われ、社会構造が一変する産業革命が起こった。20世紀以降、液体である石油が自動車、船、飛行機などの動力源や火力発電や家庭用の熱源として使われ始め、産油国、石油関連技術を有する企業が急拡大し、その恩恵を享受した。今、時代の主役は気体に移り変わろうとしている。

 石炭、石油の成分には「炭素(カーボン)」が含まれ、利用すると二酸化炭素(CO2)が発生する。CO2は温室効果ガスであるため、地球温暖化が危惧される昨今、「脱・炭素」という言葉が巷(ちまた)にあふれている。CO2を排出しない社会とは「脱・石炭、脱・石油」社会とほぼ同義である。石炭や石油で成り立っている現代社会の根幹を、水素やアンモニアといったカーボンフリーのエネルギー資源を利活用できる社会に大きく変革しようとする試みである。

 このエネルギー資源は常温・常圧で気体なので、従来の固体、液体とは異なり、混ざりやすく、拡散しやすく、エネルギー密度が低いという問題がある。この扱いにくい気体を効率的に分離・回収・貯蔵できる素材として、多孔性材料が注目を集めている。

 また、カーボンニュートラルが世界共通の長期的な目標となった今、炭素税の導入などもあって、企業の成長は環境への配慮なくして語れなくなった。いわば、排出したCO2を大気中から分離回収する技術を持った国や企業が、CO2回収技術を保有しない企業の成長を左右する時代が到来したわけである。MOFが持つ分子レベルの小さな孔から、この大きな時代の変革をのぞいてみよう。


 気体の分離・回収・貯蔵は実に難しい技術だ。空気は主に窒素と酸素に加え、CO2がわずかに混じったガスである。そこからCO2だけ取り除けと言われても、ほとんどの人は困惑してしまうだろう。またCO2回収の研究は進んでいるが、より効率的な技術が求められている。ミクロの視点では窒素と酸素とCO2は性質が違う。そこに着目し、CO2を選択的に閉じ込め、濃縮できる「孔」を作り、温室効果ガスのCO2のみを分離回収できれば、温暖化問題を解決する第一歩を踏み出せたことになる。
 

「建築家」の腕次第で自在に

 
 人間も個々の趣味嗜好が異なるため、それぞれ好きな家に住むのと同じく、分子もそれぞれ落ち着く空間を構築できれば、その空間にフィットする分子が集まり(選択)、濃縮される。この分子に合った空間を構築できる材料として注目が集まっているのがMOFだ。MOFは金属イオンと有機配位子からなる分子サイズ(ナノメートルサイズ)の孔を持った物質である。例えば、大気中のCO2を除去したければ、CO2の性質に合う空間を設計すれば良い。MOFを合成する科学者は、ナノ空間の建築家で、狙った気体を自在に制御できるかは建築家の腕次第というわけだ。

【用語解説】
 ◆MOF Metal-Organic Frameworkの略表記。エムオーエフ、またはモフと読む。金属有機構造体とも呼ばれる。金属と有機化合物が規則的に多次元構造を形成することにより、ナノメートルサイズの細孔を有する結晶性の固体で、活性炭やゼオライトに代わる次世代のナノポーラス(多孔性)材料。

 ◆カーボンニュートラル 温室効果ガスの排出量と吸収量を均衡させる状態。何かを生産したり、一連の人為的活動を行ったりした際に、排出されるCO2と吸収されるCO2が同じ量であるという概念。

電気新聞2022年5月16日