カーボンニュートラルに向けて、再生可能エネルギーの大量導入、住宅・業務用建物・交通におけるエネルギー利用の電化、さらには水素など新燃料の非化石エネルギーからの製造のため、電力システムでは電源・送配電網・需要の構造が大きく変化しつつある。本連載では、実システムでの実験・実験評価が難しい電力システムの毎日の運用の改善・設備計画・技術評価に用いられる電力需給解析ツールの動向について解説する。
 

2領域3つの側面

 
 電力システムは、社会・経済活動を支えるインフラであり、雷撃、設備事故、需要と供給の変動から年間の燃料貯蔵まで、広い時間レンジでの安定供給と、経済的でかつ環境負荷の小さい電気の利用の実現が求められる。このため従来、潮流計算、各種の安定度解析、周波数変動解析をはじめ、多様な解析手法が大学・研究機関などで開発され、電力会社やメーカーにより、最大あるいは最小需要などの時間断面についての解析が実施されてきた。しかし、近年の再生可能エネルギーの大量導入や新技術の導入の中で、電力解析には、発・送電と需要・配電の2領域について「長時間化」「高地理的解像度化」「高時間解像度化」という新たな3つの側面での発展が重要となっている。


 「長時間化」とは、再エネと需要の年間の変動の組み合わせの中で発生する課題の探索や新技術や運用方法の適用効果の評価、さらには太陽光・風力発電の出力制御評価のために重要性が増しており、最低1年間、8760時間(365日×24時間)の需給解析が必要になってきたということである。「高地理的解像度化」とは、再エネや電化需要がどの地点に導入されたかの詳細な把握が、送配電網の混雑の管理・対策技術の評価のために必要となるということ。「高時間解像度化」とは、電源や需要の連系にインバータの使用が増加し、従来型の同期発電機・電動機が減少する中で、交流の周波数や電圧波形の維持の課題や対策を検討する「瞬時値(EMT)解析」のニーズが高まっているということである。従来は過電圧サージ・変圧器投入時の電流、制御系など限られた範囲の解析に使われてきたが、大量の太陽光・風力発電が導入されたオーストラリアや米国の送配電網の運用機関では、多数のインバータ連系機器を含めた大規模なEMT解析モデルの整備と利用が進められている。


 今回の連載では、「高時間解像度化」は別の機会に譲り、「長時間化」に対応する年間の電力需給解析について「高地理的解像度化」を一部含めて解説する。第2回は、各種検討に広く使用されるプロダクションコストシミュレーション用「MR」を、第3回は予測を直接扱い実システムの運用にも拡張可能なユニットコミットメント「KKEUC」を、第4回は、需要側の一地点のエネマネ「ESIRE」と多数の需要を対象としたアグリゲーションツール「ESIA」について取り上げる。
 

今後の発展に期待

 
 新しい電力需給解析ツールは、電力の市場化、再エネ導入が先行した海外が先行した面がある。しかし、日本がこれから挑戦するグリーントランスフォーメーション(GX)を電力部門が自ら牽引するためには、各種の設備や運用の最先端の技術開発に必要な解析・評価にはそれらを模擬できるツールが必要である。また、解析ツールの活用においては、信頼性のあるデータの蓄積と利用、そのためのデータのフォーマットの統一、さらにはツールの活用におけるノウハウの向上などが必要となる。ツールは企業にも提供され、近年、様々な成果につながりつつある。インフラ設備の形成や運用に加え産業競争力向上にもつながる電力需給解析の今後の発展が期待される。

【用語解説】
 ◆潮流計算 送配電網を流れる有効電力、無効電力、電流を計算する。
 ◆安定度解析 電圧あるいは同期の安定性について、定常的あるいは事故後の安定性を解析する。
 ◆同期 交流システムにおいて発電機など一定の電圧の位相の差のもとで運転すること。
 ◆周波数変動解析 電源や送電線事故時の周波数の変動を解析する。
 ◆プロダクションコストシミュレーション 電源の負荷配分による8760時間の需給解析。
 ◆瞬時値(Electro Magnetic Transient)解析 電圧・電流の交流正弦波の歪みやインバータのスイッチングを模擬する解析。
電気新聞2022年3月7日