ウクライナ情勢や米国の利上げが、地球温暖化対策資金の調達に影を落としている。2月以降、グリーンボンド(環境債)やトランジションボンド(移行債)の減額、起債延期が相次いだ。現在は市場環境に振り回されている形だが、専門家からは地政学リスクの高まりが実体経済に波及することを懸念する声が上がっている。
 

米国利上げから

 
 最初に金融市場を揺るがしたのは、米国の利上げに対する警戒感だ。米国のインフレ率が高まる中、金融引き締めを加速すべきといったタカ派の見方が台頭。米国債の価格が急落(金利は上昇)したことで、株式市場に滞留していた資金が引き揚げられた。

 米国の利上げに対する警戒感は日本の金利にも影響を及ぼし、長期金利が上昇。金利上昇を押さえ込むために日銀が国債を無制限に買い入れる指し値オペが約3年半ぶりに実施された。国内の金利はいったん落ち着きを見せたが、そこにウクライナ危機が直撃した。

 三菱UFJモルガン・スタンレー証券投資銀行本部デット・キャピタル・マーケット部エグゼクティブ・ディレクター・ESGファイナンス&新商品チームヘッドの田村良介氏は「昨年末からの急激な金利上昇は、日銀の指し値オペなども受けて一服したものの、地政学的リスクや期末要因もあり、環境債も含めて特に長い年限の債券の延期が相次いでいる」と指摘する。

 企業が社債を出す場合、国債よりも高い利率で出さなければ買い手が付かない。そのため長期金利の上昇は企業側にとってみると、高い利率で資金を調達するという条件の悪化につながる。さらに、ウクライナ危機で世界中のマネーが金などのより安全な資産に移す動きが強まっている。

 起債環境が厳しくなったことを受け、JERAは移行債発行時期を当初の3月から「未定」に変更。東京電力リニューアブルパワー(RP)は環境債の発行額を当初の半分に減額した。東電RPは起債条件の悪化について「昨今の金利上昇に加え、ウクライナ情勢により債券価格のボラティリティが高まっている」と説明する。

 環境債や移行債の発行が滞ることで、温暖化対策のスピードが鈍ることも懸念される。だが、田村氏は「現時点では市場環境に起因するものであり、4月以降は投資家の新年度の投資予算執行となるため、市場環境を見ながら、徐々に起債の再開が期待される」と分析。「国内の金利水準は長期的にみれば低位であり、金融環境に起因した温暖化対策への影響は限定的」との見方を示す。
 

さらなる混乱は

 
 一方、ウクライナ情勢がさらに緊迫化すれば、実体経済への影響も避けられない。SMBC日興証券チーフエコノミストの牧野潤一氏は「ロシア軍の原子力発電所攻撃で、より強いロシア制裁に動く可能性があり、天然ガス代金の決済がSWIFTから排除されるかもしれない。そうなれば欧州向けの天然ガス供給がストップする可能性がある」と指摘した上で、「ブラックマンデーの時のように欧州のインフレ・利上げを通じて、米国と世界市場を混乱させる懸念がある」と警鐘を鳴らす。

 プーチン大統領は強硬姿勢を崩しておらず、停戦の兆しは見えない。「地政学的リスクの高まりによる商品価格高騰やサプライチェーン分断、欧州を中心としたエネルギー政策の動向など実体経済への影響を注視していく必要がある」(田村氏)。世界情勢が混沌とすれば、世界中の市場がリスクオフとなり、環境債などをはじめとする社債発行はさらに困難になる。

電気新聞2022年3月8日