カーボンニュートラルの実現に向けてスタートアップへの期待が高まっている。スタートアップの供給源になっているのは大学であり、トップは東京大学だ。しかし、エネルギー分野では世界的に苦戦が続いてきた。理由は、時間、信頼性、付加価値の回収の難しさだ。カーボンニュートラルに向けたスタートアップに対する期待に応えるため、過去の教訓を生かす必要があり、国境を越える挑戦、業界を越える挑戦、世代を越える挑戦が糸口となる。
 

第3の使命、「知の社会還元」

 
 カーボンニュートラルの実現に向けてスタートアップへの期待が高まっている。ユニークな技術やビジネスモデルで勝負するスタートアップには守るべき既存事業がなく、先行きの不確実性が高い領域であってもリスクをとって新事業に集中しやすい。

 こうしたスタートアップの供給源になっているのが大学である。経済産業省の調査によると、毎年200社以上の大学発スタートアップが設立され、2020年10月時点で累計2905社、トップは東京大学の323社である=図1

 国立大学が法人化された04年以降、東大はイノベーション・エコシステムを戦略的に構築してきた。教育、研究に次ぐ第3の使命に「知の社会還元」を位置付け、教育や研究の知的創作の成果を、スタートアップを通じて社会に還元する仕組みを整えてきた。具体的には、リスクマネーを供給するベンチャーキャピタル(VC)、UTECを本郷キャンパス内に設置し、法人設立前の段階から伴走型の支援を行ってきた。同時に、学生や若手研究者向けの起業家教育プログラムを用意し、インキュベーション施設を整備し、成功も失敗も含めて知見を蓄積しながら起業に挑戦しやすい環境を整えてきた。

 5年後の09年頃からIPO(新規株式公開)という形で成果が顕在化し始めた。ライフサイエンス分野では大学の特許を利活用する研究開発型企業が次々に上場し、AI(人工知能)分野では20代の学生や卒業生が起業して成功した後、後輩がそれに続く好循環が生まれ、宇宙やロボットなどのディープテック分野でも有望なスタートアップがいくつも設立されている。
 

エネルギー分野の難しさ

 
 一方、エネルギー分野のスタートアップは世界的に苦戦してきた。05年に京都議定書が発効されると、リーマンショック後の米国オバマ政権のグリーン・ニューディール政策も追い風となり、クリーンテックブームが起きた。06年から11年にクリーンテック関連で250億ドルのスタートアップ投資が行われたが、約50%の損失が発生した=図2

 エネルギー分野のスタートアップ投資が難しい理由は3つある。時間、信頼性、付加価値の回収の難しさである。

 まず、エネルギー分野で新技術が事業化されるまでに長期の時間を要する。米マサチューセッツ工科大学(MIT)の研究によると特許期間の20年を越える事例も多い。VC投資は知的財産を活用して投資収益を実現するが、その前提となる特許期間を上回る時間を要することもある。

 次に、インフラとしての社会的責任も重く、信頼性が非常に重視される。例えば、ソフトウエアであれば不具合があっても事後的なアップデートで対処できるが、エネルギー分野では難しい。そのため、長期信頼性を証明しないと商業化できず、実証試験後に力尽きる事例も多い。

 最後に、付加価値の回収の難しさである。例えば、創薬分野で不老不死の薬が開発されれば、高価であっても需要が見込める。しかし、市民生活に必要不可欠な電気やガスは、社会政策の観点からも値上げが難しく、開発に多額の費用がかかってもコモディティーとして取り扱われる。 

 それでも、カーボンニュートラルに向けてスタートアップに対する期待は高まり、20年にはカーボンニュートラル関連で170億ドルのスタートアップ投資が行われた。こうした期待に応えるために、過去の教訓を生かす必要があり、エネルギー分野の東大スタートアップが取り組んできた、国境を越える挑戦、業界を越える挑戦、世代を越える挑戦が糸口となる。次回以降は、こうした挑戦を行う東大スタートアップを具体的な事例として紹介していく。

電気新聞2021年9月13日