オープンイノベーションと関係が深いオライリー/タッシュマンの『両利きの経営』

 脱炭素と分散化、デジタル化によって大きく変わる電力・エネルギービジネスの中で、事業革新や新進企業・技術との連携といったオープンイノベーションを担い、企業文化変革をも加速していく人材をどう育てていくか、というのはどの企業にとっても悩み深い課題である。今次の連載では、大学の工学教育、電力会社の社内教育などの中から人材育成のチャレンジを取り上げ、オープンイノベーションの進め方についていくつかの示唆を示していきたい。

 大阪大学大学院工学研究科の「オープンイノベーションマネジメント」は、工学とビジネス教育の融合を目指しているビジネスエンジニアリング専攻の招へい教授である筆者と、加賀有津子教授が行っているビジネススクール型の講義であり、この専攻以外も含む多様な学生が参加している。

 講義のテーマは、経営環境や市場・顧客の大きな転換に直面した場合にどう外部プレーヤーと連携・協働してイノベーションを達成するか(オープンイノベーション)であり、ベースとなるオープンイノベーションの構造・進め方の理論と、実際にベンチャー企業の経営層を招いてのケーススタディー、チームディスカッションによるオープンイノベーションの疑似体験によって構成されている。
 

コダックに見る「滅びのパターン」

 
 オープンイノベーションの構造・進め方では、既存企業の危機を扱ったクリスチャン・クリステンセンの『イノベーションのジレンマ』(1997年)やオライリー/タッシュマンの『両利きの経営』(2018年)を使って既存企業がなぜ破壊的イノベーションの脅威にさらされてしまうのか、電力産業で言えば既存の発送配電小売りモデルから再エネ・DER(分散型電源や蓄電池)、アグリゲーションといった破壊的イノベーションへのシフトの潮流の中で、いかに既存顧客を守りながら破壊的イノベーションを取り込み、連携していくべきかを理解する。そこでは特に自身のビジネスモデルと矛盾・対立する要素を持つプレーヤーとも積極的に連携することの重要性を成功例、失敗例とともに学ぶ。

 『両利きの経営』で典型的な失敗例として挙げられているのは、フィルム写真の王者でありながらデジタル写真の潮流を見逃した結果、12年に倒産した米国のイーストマン・コダック社であり、そこでは「滅びのパターン」を明確に知ることができる。
 

大学院生が経営者にプレゼン

 
 ケーススタディーは、筆者が担当するエネルギーパートと、加賀が担当するまちづくりパートからなっているが、ここではエネルギーについて紹介する。

大阪大学大学院工学研究科「オープンイノベーションマネジメント」での風景。ベンチャー経営者自身も参加し、議論を深める

 2回のケーススタディーのゲストは、業務用を中心とした第三者所有太陽光発電をベースに蓄電を加えた新しいエネルギービジネスの構築を目指すVPPジャパン(東京都千代田区)の秋田智一社長(アイ・グリッド・ソリューションズ常務)と、グーグルホームやAIスピーカーと連動可能な赤外線の多機能リモコン「Nature REMO」を開発・販売するNature(東京都渋谷区)の塩出晴海社長である。

 ゲストはそれぞれのベンチャー企業の誕生から現在の成功、今後のビジョンをプレゼンし、その後5人程度のチームによってこのベンチャーのコアコンピタンス(競争力の核)、自社ビジネスと矛盾・対立する要素がありながら両企業と連携している大手企業(関西電力や伊藤忠)の戦略を推定し、かつ今後の発展戦略について提言する。大学院生が当の経営者にプレゼンするのは勇気がいることだが、今後実ビジネスで革新にチャレンジする学生たちにとっては大きな収穫になる。すなわち、オープンイノベーションとベンチャーとの協働を疑似体験することに大きな意味があると言える。

電気新聞2021年3月15日