昭和の電化遺産100|電気新聞

 「懐かしい昭和の電化」は、供給設備に始まり家庭電化、鉄道電化、業務、産業等の分野でなかなか拾えなかった、著者陣にとっては思い入れの深いものを連載の締めくくりに紹介しよう、というものである。橋爪・西村をはじめ今回、昭和の電化遺産の選定にあたったメンバーには電化だけでなく特撮や音楽、生活文化・娯楽、鉄道そのもの等に造詣の深い者が多い。ここではそれらの中から掘り下げて懐かしい電化をみてみたい。

◇子どもたちの音楽の友 ソノシート

 「ソノシート」は、忘れ去られた電化であり、50代より若い日本人はほぼ見たことがないものだが、60歳以上の多くの人たちの子供時代にとって忘れられない製品である。学習雑誌等の付録にもソノシートは多く使われたが、なんといっても圧倒的に売れたのは当時人気だった特撮番組のものだった。
 円谷プロ作品の初めてのテレビ番組ウルトラQ(1966=昭和41年)では主題歌はないもののドラマ部分をそのまま収録した「ドラマソノシート」が作られ、今回取材した中でも人気怪獣ガラモンが登場した第13話「ガラダマ」のソノシートを愛聴していた方から話を聞けた。その後、ウルトラマン(1966年)、キャプテンウルトラ(1967年)、ウルトラセブン(1967年)と続く時代には、主題歌・怪獣図鑑・ドラマ構成紹介の絵本に主題歌とストーリー紹介のソノシートが付くようになる。
 またこの時代は特撮ヒーローの全盛期であり、同時期の手塚治虫原作・ピー・プロダクション製作のマグマ大使(1966年)、同じくピープロ制作のスペクトルマン(1971年)、横山光輝原作の「ジャイアントロボ」等のソノシート本が登場している。また音源としてのソノシートは薄く、通常のレコードプレーヤーの針ではうまくかからないので、パイオニア、ナショナルといったメーカーがいくつか専用プレーヤーを発売していた。今日なかなか高額だがレトロ家電としてネットで購入することもできる。

◇電子音楽のイノベーション ここから始まった

 次にソノシートと近い音楽分野から本紙で取り上げたヤマハDX7をめぐる日本の電子楽器イノベーションについても触れておきたい。もともと電子楽器は米国のハモンドオルガン(1934年)から始まったが、日本では日本楽器製造(現ヤマハ、エレクトーン、初号機D-1は1959年発売)、河合楽器製作所(カワイ電子オルガン、初号機1960年、のちの「ドリマトーン」)の2社が全国で教室を展開し、多くの家庭に普及するとともに「電子楽器を演奏する」ということ自体が小中学生に定着した。上級機種では、1975年にヤマハがエレクトーンGX-1を発売するが、これは当時のシンセサイザー搭載楽器としてトップクラスの性能であり、ムーグシンセサイザーを初めてロック音楽で使ったキース・エマーソンやスティービー・ワンダーにも使われた。
 そして1983年、GX-1に近い性能を持ちながら20万円台という圧倒的な低価格化を実現したDX7が登場し、学生を含む多くのバンドがこれを使い、オリジナル曲の作曲にもシンセサイザーを使うようになったことになる。同時期にローランド、京王技研(コルグ)といったメーカーも使いやすいシンセサイザーで参入し、日本独自の電子楽器文化といえるものが形成された結果、平成以降のボーカロイドや今日のプログラミングによる日本の優れた楽曲につながっている。ニューヨークの現在美術館(MOMA)にも一時DX7のサックスタイプが展示されていたが、まさに日本を代表する電化のレガシーといってよい。

◇蚊との戦いに電化で挑む アジア全域に普及

蚊取り線香の発明から除虫・防虫の市場を牽引したキンチョウ。電気蚊取り線香でもトップランナーとなってきた。(左から)マット式に先んじて1965(昭和40)年に発売されたリキッド式の「キンチョウエイト」、1972(昭和47)年に発売されたマット式「金鳥かとりマット」、取り換え液の持続期間が延び普及も進んだ「キンチョウリキッド」
蚊取り線香の発明から除虫・防虫の市場を牽引したキンチョウ。電気蚊取り線香でもトップランナーとなってきた。(左から)マット式に先んじて1965(昭和40)年に発売されたリキッド式の「キンチョウエイト」、1972(昭和47)年に発売されたマット式「金鳥かとりマット」、取り換え液の持続期間が延び普及も進んだ「キンチョウリキッド」

 本紙で取り上げた電気式の蚊取り線香はKINCHO(大日本除虫菊)、アース製薬の二大メーカーが昭和40~50年代に改良を重ねた商品だが、その歩みは試行錯誤の繰り返しだったという。KINCHOの宣伝部広報室によれば、昭和40年にそれまでの毎着火が必要な蚊取り線香に変わって30時間もつ日本初の液体式電気蚊取り金鳥エイトを出したものの売り上げが伸びず、昭和47年にマット式で先行していた(ライバルのアースとともに扱いやすいマット方式に移行した(「アースかとりマット」「金鳥かとりマット」)。
 その際は先行するアース製薬を追いかけるために、長期間効力をもたせる新規殺虫成分フラメトリンを採用する等の改良を加え、テレビCMにピンクレディーも起用された。一方対抗するアース製薬はノーマット方式をいち早く開発し、今日も知られる「アースノーマット」を1984年に発売し、1990年(平成2年)に登場する「キンチョーリキッド」と並び立つこととなった。昭和時代ではないが、この商品で非常に有名なテレビCMとしてタヌキの着ぐるみを着た近藤正臣が「30にーち30にーちいっぽんぽん♪」と歌いながら街を自転車で走るものさらには偽物が登場するもの、子供との親子タヌキ、同じ近藤正臣による河童バージョンを紹介しておきたい。
 電気蚊取り線香は昭和時代基本的にコンセントタイプであった、という意味で電気蚊取り線香は昭和家電の大事な一つだったといえる。平成以降この商品は省電力化やLED化が進み、90~120日まで持続期間が延びて、徐々に電池式やUSB給電式に移り、合わせてアジア各国で使われるようになっている。
 ペルチェ素子は、日本で2025年に従業員の熱中症予防義務が導入され大ヒット商品となったペルチェ・ベスト(冷風機ウェア)の原型技術である。ヒートポンプと違い、半導体で冷熱・温熱を作り出すペルチェ素子の技術は昭和時代には実験機器等で製品化され、平成になって小型冷蔵庫が発売されたが、この技術継承が熱中症という日本の悩み解決に役立つこととなった。

≪ 前へ 1 2