◆  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 ◆台湾有事とはどのようなものか

 翻って目を日本の周辺に転ずると、最も重大なリスクとは中国の急激な軍事力の拡大であり、台湾統一への意志である。21年にフィリップ・デービッドソン米インド太平洋軍司令官(当時)が米上院公聴会で「27年に中国が台湾に対し武力統一を図るリスクが高まる」と証言したことから、日本国内でもにわかに台湾海峡の安定、が安全保障上重要なリスクとして認識されるようになった。この「デービッドソン発言」は習近平中国国家主席や頼清徳台湾総統の任期といった政治カレンダーに加え、様々なインテリジェンス分析によって導かれたものであるが、あくまで「リスクが最大化するのが27年である」ということであって、「27年に中国は間違いなく台湾に武力侵攻する」という占いや予言の類ではない。現に米国家情報長官室は3月18日に公表した脅威アセスメントに関する報告書において、「中国は27年までに台湾侵攻を計画していない」と見積もっている。

 一方で同報告書は「中国指導部は武力によらない統一をめざしている」とも指摘しているが、これは「ハイブリッド戦」と呼ばれる、サイバー攻撃・経済制裁・フェイクニュースやデマの拡散などの情報戦、あるいは発電所や港湾、空港など重要インフラの破壊工作など各種ハラスメントの組み合わせによって台湾政府の転覆を示している。サイバー領域や経済・情報分野における各種の工作は日常的に実施されていると考えられるし、中国の政治指導者達にとっても人的損耗を回避しつつ政治目的を達成するためにはハイブリッド戦が最も効率的である。

 しかし、台湾政府の独立宣言など、急激な情勢の変化が生じた場合に全面的な武力侵攻オプションが発動するリスクは常に存在する。純軍事オプションのシナリオといっても台湾が実効支配する金門島・媽祖諸島・澎湖諸島・東沙諸島など島しょ部への限定攻撃から台湾本島への大規模地上侵攻、さらには核使用まで実に多くのバリエーションが考えられるが、21年に『フォーリン・アフェアーズ』に掲載されたスタンフォード大学のオリアナ・マストロの論考によれば、おおむね以下の4つのオプションが考えられる。

 (1)ミサイル・空爆による統合作戦で台湾政府を屈服
 (2)海軍の海上封鎖・サイバー攻撃等の情報ネットワーク遮断により、台湾島を孤立
 (3)近隣の米軍基地・部隊を攻撃し、米国の台湾支援を阻止
 (4)大規模上陸侵攻により台湾島を占拠

 22年8月のペロシ米下院議長(当時)訪台、25年5月の頼清徳総統就任あるいは同年12月の米国による大規模武器売却が決定した際など、政治情勢に応じ中国人民解放軍(PLA)はたびたび台湾とその支持勢力を恫喝する目的で軍事演習を実施してきた。基本的にこれまでの各種演習は、上記のうち(1)と(2)についてPLAが高度な能力を有することを誇示しており、基本的には有事に際し、(1)と(2)のシナリオが先行する可能性が高い。それでも台湾が屈服せず、かつ米国が台湾関係法に基づき介入することが明らかになったとき、(3)と(4)のシナリオが現実味を帯びるとともに、戦域が西太平洋全域に拡大する。

 現時点では台湾本島に送り込めるPLA地上軍は50万~60万人程度と推測され、これらは先進的な装備や指揮通信システムを有する。そして圧倒的な海空戦力は、台湾海空軍を緒戦の数日間でほぼ無力化する可能性が高い。

 一方で『ミリタリー・バランス』によれば台湾陸軍の常備兵力は9万人に過ぎないが、予備役は165万人に達する。台湾軍の予備役は本来普通の市民であり、その練度は決して高いとは考えられない。しかし台湾政府と市民が共産党政権に対する抵抗意志を維持し、これだけの地上軍が市街戦や山岳ゲリラ戦を展開した場合、いかに装備面で優越するPLA地上軍であっても膨大な死傷者を出すこと、そして台湾島を短期の作戦行動で制圧することは困難であり、消耗戦の長期化は必至である。少子化の進む中国にとって、数十万人の兵士が死傷することは共産党政権の統治にかかわる社会不安を惹起する可能性が高く、本格的な地上侵攻オプションを発動するには極めて重大な政治決断を要することになるだろう。

 つまり現時点で台湾側から見ると「たとえ中国共産党政権が武力侵攻したとしても台湾島を完全制圧することは困難であり、強行しても成功する確率は低いので、結果として武力侵攻は抑止できる」、すなわち「拒否的抑止」が効いている、という状態にある。