◇生産をコントロール 「光源」としての電気利用も

これに対して農業の電化は明治期の揚水場が始まりとされ、電動機とポンプを用いて近隣の河川から揚水を行うことで、広大な水田の灌漑(かんがい)が可能となった。これに続き、水田の排水、稲の脱穀や農産加工等の動力用として、工場と同様に水車や蒸気機関に代わって電動機が採用された。そして,農村地帯への電気の普及に伴って、電照や電熱での利用も試みられるようになり、戦後から導入が本格化した。
このうち電照は、花芽の形成と開花時期を調整する電照菊の栽培が昭和22(1947)年から愛知県の渥美半島で始まった。これ以降,誘引光や行動抑制光による害虫防除、紫外線による病害防除、殺菌等の役割も加わり、それぞれの用途に応じて、白熱電球、蛍光ランプ、高圧ナトリウムランプが光源として採用された。
また電熱は、水稲や野菜の育苗,果物や野菜の促成栽培等に電気温床線が使用されてきたが、長野県農業試験場飯山雪害試験地の技師のアイデアを基に電力中央研究所農電研究所が水稲の冷害対策用に電熱育苗器を開発したことで、昭和30年代後半から苗の大量生産が可能になった。さらに昭和50年前後からは、日立製作所中央研究所をはじめとして様々な企業や研究機関が植物工場に関するプロジェクトに着手し、植物の育成に最適な条件(光の強さ、温度、二酸化炭素濃度等)の検討も行われた。





