昭和の電化遺産100|電気新聞

 昭和期における産業の電化は、多様な背景を持ちながら幅広い分野で進展した。そして同時代に登場した新たな技術や概念の採用を通じて、動力の転換、自動化や省力化、加工精度や品質の向上、負担の軽減等に向けた様々な取り組みが各所で行われた。今回は、これらの中から工場、農業、医療の分野を例に取り上げ、その経緯を見てみよう。

◇精密な加工制御へのニーズ拡大で広がり

1988(昭和63)年に撮影された安川電機製作所の産業用ロボット生産ライン(北九州市)。昭和52年に発売した全電気式産業ロボット「MOTOMAN」はこの年、累計出荷台数が1万台に達した
1988(昭和63)年に撮影された安川電機製作所の産業用ロボット生産ライン(北九州市)。昭和52年に発売した全電気式産業ロボット「MOTOMAN」はこの年、累計出荷台数が1万台に達した

 わが国の工場の電化は、明治期から大正期にかけての電力インフラの確立や石炭価格の高騰を背景に、水車や蒸気機関から電動機への移行を起点に始まった。そして、戦後復興の足掛かりとなった製鉄業は、昭和20年代半ばから工程の連続化による鋼板や鋼材の大量生産に着手したが、このような工場自動化(FA:Factory Automation)の動きは他の製造業にも波及した。
 その後、昭和30年代から40年代にかけての高度経済成長期には、あらかじめプログラムされた数値情報に基づいて自動的に制御を行うNC(Numerical Control)装置を搭載した工作機械の登場によって、高い加工精度と安定した品質の確保が可能になるとともに、溶接や塗装,組立等の作業を担う産業用ロボットも製造業の一部で導入が開始された。また、国内メーカーの技術力も向上し、昭和47(1972)年に富士通ファナック(現・ファナック)は,世界初となるコンピュータを内蔵したCNC(Computerized Numerical Control)装置「FANUC250」を開発した。さらに、昭和48(1973)年に発生した第1次石油危機以降、生産性の向上やコスト削減等に貢献する産業用ロボットへの関心が高まり、従来の油圧や空圧方式と比べて細かな制御が可能で保守点検も容易な電動式の製品化に向けた取り組みも始まった。
 そして昭和52(1977)年に安川電機製作所(現・安川電機)がわが国で初めてマイクロプロセッサーを搭載し、垂直多関節構造を備えた全電気式産業用ロボット「MOTOMAN-L10」を発売したのを皮切りに本格的な普及段階を迎えた。
 なお、工場の各工程で使用する熱源には蒸気や燃焼だけではなく、電気(抵抗加熱、アーク・プラズマ加熱、誘導加熱、誘電加熱、赤外・遠赤外加熱等)も用いられてきた。このうち誘導加熱については、高度経済成長期の自動車産業を中心に低周波炉が普及したが、省エネルギーや生産性に優れたサイリスタ式が登場すると高周波炉への移行が進むことになった。

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