水を循環させるろ過システムにより、クリーンで安定した水質と、環境にやさしいサステナブルな飼育環境を実現(水槽を横切る青色の棒状の装置が自動給餌装置)

 新しい事業にトラブルはつきもの──。そう言ってしまえば簡単だが、私たちが挑んだ陸上養殖事業は、「未知」と「不安定」の連続だった。九電グループのビジネスアイディア創出企画である「KYUDEN i―PROJECT」で構想が認められたのが2019年。廃止予定の豊前発電所跡地に新たな価値を見出し、「サーモンを海ではなく陸で育てる」という大胆なアイデアがスタートを切った。とはいえ、電力会社にとって水産業は完全な“異分野”。ゼロからの挑戦は、思った以上に険しいものだった。

 事業会社「フィッシュファームみらい合同会社」が立ち上がったのは2021年10月。まずは10トン規模のテスト水槽を使い、夏季・冬季における試験養殖を繰り返した。その中で、初めての大きな壁にぶつかった。

 それは、「へい死魚の大量発生」だ。

 原因は、酸素供給系統のトラブルによる酸欠状態だった。数日で多くの魚が死に、文字通り“水の泡”となった。復旧には時間とコストを要し、「本当に事業として成立するのか」という不安が現場に広がった。

 次に直面したのは、「味の壁」だった。

 初回出荷後、外部の試食評価で「魚臭い」「脂っこすぎる」「苦味がある」と厳しい声が寄せられた。見た目はサーモンそのものでも、味の評価が伴わなければ継続は難しい。これは、飼育水の質や餌の種類、パージ処理(出荷前の体内デトックス)など、複数の要素が複雑に絡み合った結果だった。

 それでも、私たちは諦めず、「トラブルのたびに、仮説を立て、検証し、改善する」といったサイクルを丹念に繰り返すことで課題を克服してきた。

 ・酸素不足には、二重供給系統の構築とセンサー増設

 ・餌のムラには、水中カメラ×自動給餌の導入

 ・味の問題には、パージ日数や飼育密度、餌の成分見直しなど多角的な検証

 これらの改善策を講じた結果、FCR(Feed Conversion Ratio=増肉係数、1キログラム太らせるのに必要な餌の量)は1.30から1.05へと改善。これは、世界最先端のノルウェーの陸上養殖と同等の水準となる。また、うま味成分であるグルタミン酸の含有量も分析により高水準であることが証明さた。

 ◇「経験」×「データ」

新鮮で安全、品質の高さが評価され地元飲食店でも広く提供されている

 こうした改善を繰り返す中で、私たちは“数字と感覚のギャップ”に気づき、現場での経験とデータを掛け合わせることが、最大の武器になるということが分かってきた。

 さらに、事業の途中にはロシア・ウクライナ情勢による設備部品の納期遅延や魚粉不足に伴う飼料価格の高騰など、外的要因の影響も受けた。それでも計画を止めることなく、地域の関係者の皆さまや出資各社との対話を重ねながらプロジェクトを推進してきた。

 「陸上養殖はコストが高くて割に合わない」「味が海のものには敵わない」──。そんな業界内の固定観念を、私たちはひとつずつ覆してきた。

 現在では、年間300トンのサーモン出荷体制が整い、さらに3千トン規模への拡張も視野に入っている。販売先も、量販店、寿司チェーン、レストラン、シティホテル、イベント出店(クリスマスアドベントなど)と広がり、地域からの期待も高まっている。

 このプロジェクトを振り返ると、成功の鍵は「電力会社が挑戦したからこそ生まれた知見」にあると実感している。電力の安定供給で培ったエネルギーマネジメント技術、水質浄化技術、地域の皆さまと築いた信頼、そして新規事業へのチャレンジにおいて「失敗を許容する文化」。どれもが、この陸上養殖事業の土台を支えてきた。

 ◇失敗を恐れず挑戦

 今後は、養殖ノウハウを他社にも提供する「プラットフォーム構築」、さらには魚種の多様化や海外展開など、“電力×一次産業”という新たな領域で、さらなる可能性を広げていきたいと考えている。

 「失敗を恐れず挑戦する」──それが、私たち九電グループの“未来創造力”なのだと言える。(この項おわり)

電気新聞2025年7月14日