米国では生成AI(人工知能)が大きなブームとなり、企業は設備投資やサービス開発に注力している。米電力業界は、巨大AIデータセンター向け電力調達に奔走している。トランプ大統領はAI大統領令(14179号)を1月に出し、4月には行政管理予算局(OMB)が「イノベーション、ガバナンス、国民の信頼を通じた連邦政府のAI利用促進」および「政府における人工知能の効率的な調達」という2つの覚書を発表するなど、AI強化で活発に動いている。しかし、AIを巡る中国との覇権争いは厳しさを増しており、政策の成否が問われつつある。

 米国では「いずれ中国共産党や人民解放軍が大量の米国製AI半導体を使って、先端兵器の設計開発に躍起になる」との懸念が広がっている。そこで前バイデン政権以来、米国政府はAI半導体やAIモデルの輸出規制に取り組んでいる。

 最大手NVIDIAの最新AI半導体(A100やその改良版H100、A800やH800など)が輸出禁止となったほか、中国市場向けに開発した低スペックの新GPU「H20」ですら出荷差し止めとなった。同社の在庫損失は55億ドル(約800億円)と推定され、AMDやIntelなどのAI半導体メーカーも同様の輸出規制を受けている。

 なお、NVIDIAのジェンスン・フアン氏(CEO)がトランプ大統領と個別会談後、H20の輸出規制は緩和された。

 ◇第3国経由で密輸

 厳しい輸出規制にも関わらず、中国では米国製AI半導体が量は減ったものの流通している。これは第3国経由で米国製品が中国に密輸されているためだ。ロイター通信によると、ビル・フォスター下院議員は、輸出管理規則に違反してNVIDIAのAI半導体が中国に密輸されないよう「追跡を義務付ける法案」を準備し、5月15日に超党派で議会に上程された。

 素粒子物理学者だったフォスター氏は「販売後のチップを追跡する技術は利用可能であり、その多くは既にNVIDIAのチップに組み込まれている」と述べた。ロイターがインタビューした独立系技術専門家もこれに同意している。いずれ、米AI半導体には追跡技術搭載の義務と追跡が実施されるだろう。

 一方、AIモデルの輸出規制では、中国の逆襲が始まっている。生成AIの元となる大規模言語モデル(LLM)は大量の高品質なデータを高速で学習させなければ、文字も読めず会話もできない。この学習過程では、高性能なAI半導体が大量に必要になる。

 学習済みLLMを基盤モデルと呼ぶが、新卒の学生レベルですぐには企業や社会で通用しない。そこで企業はOpenAIなどから基盤モデルのライセンスを受け、社内データを使って調整(ファインチューニング)を行ってやっと利用できるようになる。これを推論モデルと呼ぶ。OpenAIもAnthropicも自社のモデルは販売を目的に非公開(クローズドソース)としている。当然これらの基盤モデルを中国に輸出することはできない。

 ◇オープンソースも

 25年1月、中国のAIベンチャーDeepSeek社は、小型高性能な推論モデル「R1」を発表した。これはオープンソース形式で「世界中、誰でも無料でダウンロードして利用」できる。つまり、米国企業も、高いライセンス費用を払うことなく、調整するだけで生成AIを導入できる。もちろん、中国DeepSeekモデルは、様々なセキュリティー問題を抱えており安易に導入できないが、これを契機に米国でも安価高性能なオープンソースが多数出現した。

 最近では、大規模な基盤モデルでありながらNVIDIAなどの先端AIチップなしでも稼働するDeepSeek V3―0325を発表している。これは基盤モデルの必要な部分だけを活性化させて利用する先端的アプローチを行い、再び米AI業界に衝撃を与えている。

 DeepSeekの攻勢により、クローズドソースとライセンス料で設けを狙っていたOpenAIやAnthropic、Googleなどの大手も、オープンソース製品の開発に舵(かじ)を切り始めている。

 とはいえ安価高性能な推論モデルは、超高性能な大型基盤モデルの優れた部分だけを学習させて作る。そのため、米国政府が高性能AIモデルの輸出規制を撤廃することはないだろう。米AI企業大手も、この方針を支持している。米AI企業が今一番恐れているのは、中国系ハッキングで高性能基盤モデルの情報が流出することだ。

 トランプ政権は予算をつける訳ではないが、米国内での巨大AIデータセンター建設に意欲を示している。今後も都市部を中心に続く建設ラッシュに米電力業界は対応を苦慮することになるだろう。(在米エコノミスト、ピーター・スミス氏)

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 第2次トランプ政権が打ち出した相互関税に始まる保護主義政策は、日本や中国、欧米各国を巻き込んで波紋を広げている。米国からのリポートを「テクノロジー&トレンド」特別編として掲載する。

電気新聞2025年6月2日