苅田新1号機は冬に続き、今夏も九州の需給を支える

 猛暑に伴う電力需給逼迫を乗り切る戦力として、計画停止中だった九州電力の苅田発電所新1号機(石炭、36万キロワット)が復帰した。今年1月の需給逼迫に対応した後、4月から停止していたが、安定供給に万全を期すために再登板が決まった。需給ピークを迎え現場の士気は高いが、戦線離脱した設備も活用せざるを得ない状況からは「旧一般電気事業者の安定供給マインド頼み」ともいわれる自由化後の供給体制の危うさも垣間見える。

 2001年に運開した苅田新1号機は加圧流動床複合発電(PFBC)方式を用いる世界最大の発電所だ。石炭、石灰石、水を混ぜた燃料スラリーを流動床ボイラーで燃やし、その熱でつくった蒸気を使い発電する。

 熱効率・環境性能に優れ、石炭ガス化複合発電(IGCC)につながる技術として他電力でも導入が進んだ。実績は海外にもあるが、取り扱いの難しさなどがネックとなり、稼働中の大型設備は苅田新1号機のみとなっている。
 

PFBC連続運転、現場力が支え

 
 苅田新1号機が世界で唯一安定運転を継続できたのは現場力の賜物だ。PFBCは高出力で長時間運転すると、燃料スラリーの性状が変わりボイラー内に異物ができる。増えると運転を妨げるため、変化を起こしにくい出力帯を探り、高出力と切り替えつつ運転する独自手法を構築した。

 ベテラン運転員は炭種が変わるたびに燃料スラリーを手でつかみ、その触感で使用に適しているか見極める「匠(たくみ)の技」を持つ。扱いにくさを技術力で克服し、18年3月にはPFBC連続運転4580時間という不倒の世界記録を打ち立てた。

 ただ、その苅田新1号機も、太陽光拡大に伴い、近年は運用面の柔軟性、経済性が課題に浮上していた。九州電力は20年度下期に運転を停止。21年4月から計画停止に入る青写真を描いた。

 状況を変えたのは今年1月の需給逼迫だ。LNG(液化天然ガス)の供給制約などに起因する電力不足に対処するため、停止中の設備を急きょ立ち上げることが決まった。

 復旧に携わった発電所員は「長期停止を念頭にスラリーを全て抜き、ボイラーに窒素を入れた状態から作業を進めた。苦労も多かったが、最短の2週間弱で通常運転に復帰させた」と振り返る。

 運転再開後、苅田新1号機は2月20日まで稼働した。一丸雄二所長(当時副所長)は「トラブルなく、無事故無災害で需給に貢献できたことは我々にとって誇りだ」と話す。「最後のご奉公」――。火力部門の社員は、当時そう口にした。

 その後、苅田新1号機は4月から計画停止に入る。最低限のコストで設備を保管するため、人員縮小を含む体制見直しも始まった。だが、今夏の需給逼迫予想を受け、九州電力は6月17日に計画停止の解除を発表。再び活躍の機会が訪れた。

 完全停止からの立ち上げの労力は1月と同じだ。来夏、苅田新1号機が動く可能生は極めて低いが「運用に関わる設備は確実に修理しよう」(一丸所長)と、昨年台風で壊れたクラゲ処理装置も補修した。

 11日の試運転を経て、今は指令があればいつでも起動できる。今年5月時点で国が公表した九州エリアの7月の供給予備率は3.7%。安定供給に最低限必要とされる3%は確保したものの厳しい情勢だった。急場の新戦力として苅田新1号機が放つ存在感は大きい。

 一方、平時の競争環境下において、苅田新1号機が経済性で劣後し、存続が危ぶまれていた現実は無視できない。国が政策に掲げる「非効率石炭火力フェードアウト」との関連でも、廃止が取りざたされていた。

 その設備に対し、民間事業者である九州電力が、あえて回収の予見性が高いとはいいがたいコストを投じたのは、短期の経済性だけでは推し量れない安定供給の重要性を熟知するからだ。政治とメディアが劣化し、万が一停電を起こした際の「レピュテーションリスク」が高まったことも背景にありそうだ。
 

3度目登板もありうる「危うさ」

 
 夏が終われば苅田新1号機は再び眠りにつく。だが、3度目の登板がないとも断言できないのが今の日本の危うさだ。今年1月、そして現在。国民の大半に知られることなく働く苅田新1号機は、大手電力の「良心」に深く依存し、その都度危機をやり過ごしてきた震災後のエネルギー政策の象徴にみえる。

電気新聞2021年7月28日