マルウエア(悪意のあるソフトウエア)がシステムに侵入し、大規模な障害を引き起こしてサプライチェーンを寸断する――。近年は業種や規模を問わず、サイバー攻撃の被害が相次いでいる。電力供給を直接脅かす事例は現時点で顕在化していないが、分散型エネルギーリソース(DER)の普及など今後の環境変化が新たなリスクを生む可能性もある。サイバーセキュリティー政策を主導する政府関係者や有識者への取材を基に、新時代への“備え”を探った。(特別取材班)
日本のサイバー脅威対策は欧米に比べて遅れているのか。国家サイバー統括室のトップを務める飯田陽一サイバー官は、少なくとも2022年12月の時点では「遅れを取っているとの認識だった」と明かす。
当時閣議決定された国家安全保障戦略にも「サイバー安全保障分野での対応能力を欧米主要国と同等以上に向上させる」と明記されている。この目標を実現するために打ち出されたのが攻撃を受けて対処するのではなく、事前に兆候をつかんで脅威を抑え込む「能動的サイバー防御」の考え方だ。

◇強化へ新法
有識者会合での議論も経て、25年5月に官民連携と通信情報の利用・分析、アクセスの無害化を3本柱とするサイバー対処能力強化法が成立した。7月には政府の新たな司令塔として、内閣官房に国家サイバー統括室が発足。今後、同法の関連制度が順次施行される見通しだ。
電力を含む基幹インフラ事業者に対しては26年10月、サイバー防護に関わる資産の届け出やインシデント(事象)報告が義務付けられる予定。一方的な報告徴収ではなく、政府が業界横断で脅威を把握・分析し、独自に入手した情報も含めて事業者に積極的に提供していくという。
飯田サイバー官はこうした制度を基盤に官民連携が強化されることで、「より効果的なサイバー防御が可能になる」と指摘する。
日本が欧米主要国に比肩する対処能力を獲得する上でも、「土台は相当整ってきた」との認識を示す。
◇多層の被害
サイバー脅威における攻撃者とはどんな存在なのか。東京大学大学院情報理工学系研究科の江崎浩教授は大きく3つの類型を示す。1つ目が国家レベルでの攻撃を担う「プロフェッショナル」。政治的な意図を持ち、重要インフラをターゲットとする。
次に金銭を目的とした攻撃者。グローバル企業や医療機関など、高額の身代金を支払える相手を狙う。さらに腕試しや売名目的の攻撃者もおり、AI(人工知能)などのツールを悪用して若年層が関与する例も確認されている。江崎教授は「レベルに応じて対策を考えていく必要がある」と指摘する。
誰が攻撃しているか分からない「匿名性」や国境を問わない「越境性」もサイバー脅威の特徴の一つだ。サイバー犯罪組織が国家とつながり、企業などの脆弱性情報を売買してマネタイズ(収益化)する「ビジネス」も横行する。
電力インフラでは今後DERを需給調整に活用するデマンドレスポンス(DR)が広がり、家電や自動車を含む多様な機器が電力系統につながる状況が想定されている。中東情勢の緊迫化で燃料価格の乱高下が続く中、再生可能エネルギーを有効活用する観点でもDRの普及は避けて通れない方向性だ。
一方でこうした状況は潜在的な攻撃対象の拡大にもつながり、サイバー攻撃のリスクが高まる懸念もある。江崎教授は、現時点ではDRが「使われていないから金にならず、幸いにして攻撃されていない状況だと認識しないといけない」と警鐘を鳴らす。
普及が進んでマネタイズが可能とみれば、攻撃者は牙をむく。脅威対策は今から着実に進めていく必要がある。
電気新聞2026年8月4日





