
コミュニケーションと電化に関する項目を家電や業務用から独立させたのには、二つの理由がある。
ひとつはこの分野の特徴として元来、電気が生み出してきた熱や動力とは一線を画し、情報伝送という同じ技術が声(電話)、文字(テレックス)、画像(ファクシミリ)として広がっていくさまや、電気の使われる場所がもともと電力ネットワークのつながらない場所(移動体)に広がっていくさまが、明らかに他の電化遺産とは違っているという点であり、コミュニケーション分野をつないでみていくことでそれがわかる。もうひとつは、今までの電化遺産にはなかった全体の製品革新をリードする家電メーカーではない一つの事業者、つまり昭和24年に逓信省から日本電信電話公社となり、さらに昭和60年に民間企業となった「日本電信電話(NTT)」の存在である。ここでは、本紙で取り上げられなかった昭和の記憶に残るものを紹介していきたい。
◇名作映画をドラマティックに演出◇
本紙では近鉄特急の列車電話を10選に入れたが、それに遅れること3年、国鉄の特急「こだま・つばめ」でも列車公衆電話サービスが始まった。映画監督の黒澤明作品の中でも著名なものの一つ『天国と地獄(昭和38年)』では、身代金の受け渡しにこの列車電話が使われた。「東海道本線酒匂川鉄橋で現金の入ったカバンを落とせ」と列車電話に犯人から電話がかかり、窓からカバンを投げ落とす、というシーンが名優・三船敏郎と新人だった山崎努の対決でもあり、映画のクライマックスの一つである。

プッシュホンの登場は昭和44年である。公衆電話回線のデジタル化が始まった時期でもあり、翌45年の大阪・千里万博で公開されたテレビ電話やコードレス電話も今日の社会を予見させるものであった。本紙で取り上げたように昭和54年には自動車電話サービスが始まり、内航船にも電話がつく時代になった。
◇新生NTTを広くPR◇
昭和60年のNTT誕生で人々の記憶に残るのは製品よりもむしろこのコマーシャル(CM)かもしれない、ということで取り上げたのが「あなたを・もっと・知りたくて」(昭和60年7月)である。新しい会社であるNTTの企業PRとしてつくられたこのCMでは、当時21歳の薬師丸ひろ子がただ電話しているだけ、という企業PRのCMとしては異例なものだったが、曲もヒットし、NTT関係者の中では今でも愛されているという。発足まもないNTTはこの後の短い昭和時代にISDN、フリーダイヤル、携帯電話(ショルダーホン)といった高度情報通信時代の基礎付けを築いていくことになる。
◇世界市場の雄を排出 無線通信◇

情報通信の中で、通信インフラから独立した無線通信に使われるものも重要なコミュニケーション電化機器である。本紙10選には入らなかったが、日本ではアイコム・KENWOOD・八重洲無線・モトローラ・アルインコという5大メーカーがあり、それぞれ世界トップで米国系のモトローラ以外は昭和時代に日本の地場の小さなメーカーから成長・発展し、世界市場に優れた性能・省電力性で選ばれていることにふれておきたい。
アイコムの例でいうと、昭和29年に京都で井上電気製作所という小さな工場として誕生し、アマチュア無線機をはじめて製品化するなど、世界第3位の無線機メーカーに成長した。TS-820、900シリーズで有名なKENWOODは長野県駒ケ根市にルーツを持ち、トリオ(オーディオメーカー)、日本ビクターなど多くの企業との統合・再生を経て、現在は災害時・過酷環境下で使える無線機に強みを持っているし、アルインコはもともと建設現場資材の製造販売という業種から無線機メーカーとしても発展してきたユニークな会社である。
それらに世界メーカーであるモトローラ、その連携会社である八重洲無線(日本マランツの無線通信部門を併合)という通信出身企業がせめぎあっているところに日本のこの分野の強みがある。
◆通信・コミュニケーション・WEB版の10選◆
【電電公社・NTT】
・国鉄特急こだま・つばめ列車公衆電話サービス 昭和35年
・東海道新幹線列車公衆電話 昭和39年
・プッシュ式電話機・短縮ダイヤルサービス 昭和44年
・テレビ電話・コードレス電話(日本万国博覧会) 昭和45年
・自動内航船電話サービス 昭和54年
・あなたを・もっと・知りたくて(NTT PRソング) 昭和60年
・フリーダイヤルサービス 昭和60年
・ISDNサービス開始 昭和62年
【無線通信】
・アイコムICシリーズ(アマチュア無線機第一号) 昭和39年
・TS-820(TRIO・現KENWOOD) 昭和末期






