◇気体燃料、レーザーで検知/漏えい防ぎ安全性向上
脱炭素社会の実現に向け、各種産業分野において水素やアンモニアの利用が有望視されている。このような大規模なエネルギー源の転換を円滑に進めるためには、新エネルギーとなる物質を安全・安心に運用するための保安技術が必要不可欠である。特に気体燃料の場合は、ガスの漏えいと漏えい後の着火にも対処できる技術を確立することが重要となる。今回から3回にわたり、水素やアンモニア、あるいはこれらが燃焼した際に生じる火炎を光学的に可視化する技術について紹介する。
脱炭素社会の鍵となる次世代エネルギーのひとつとして、水素が注目されている。一方で、分子が小さいため漏えいしやすい、爆発濃度範囲が空気中において4~75%と広く着火しやすいといった特徴を有するため、社会実装において漏えい監視、漏えい検知技術の確立は重要な要素となる。
◇混合状態でも抽出
水素可視化における原理は、光と物質(ここでは水素分子)間で生じる相互作用の一種、ラマン効果である。ラマン効果は、分子に光を照射した際に、光と分子の間でエネルギーのやり取りが生じ、照射された光からシフトした波長の光がごくわずかに散乱される現象である。例えば、複数の気体分子が混在する雰囲気中にレーザー光を照射すると、各気体分子によりそれぞれ異なる波長(色)の散乱光(ラマン散乱光)が発生する。従って、水素分子が発する波長の光のみを計測することで、雰囲気ガスのおおむねいかなる混合状態においても、水素のみを抽出して検知することが可能となる。
一方、水素の存在を可視化するためには、その位置と量の情報を知る必要がある。ここで有効となる計測技術がライダーである。ライダーは「光による検知と測距、あるいはこれを行う装置」を意味し、用途に応じて各種光物質間相互作用とセットで用いられるが、ここではラマン散乱光と組み合わせる。
観測空間にパルスレーザー光を照射し、空間を伝わっていく光が水素分子に接するとラマン散乱光が発生する。このラマン散乱光もまたパルスとなって様々な方向に生じるが、この時、レーザー装置側に返ってくるラマン散乱光(後方散乱光)を観測する。これらの過程は、光速度で生じることから、パルスレーザー光が放射されてから、ラマン散乱光が観測されるまでの時間を測定しておくことで、光速度から換算してライダーと水素分子間の距離を求めることができる。また、ラマン散乱光の強度から濃度を求めることができる。
このように、ラマン散乱光を利用するライダー(ラマンライダー)では、1回の計測で、レーザー光軸上の物質の特定、その距離、濃度の測定を同時に行うことができる。

◇爆発下限界で検出
ラマン散乱光は極微弱であり、仮に強度1の光を照射した際に生じるラマン散乱光の強度は、一般に10~30オーダーであるが、近年のレーザー、光検出器などの大幅な進化や、著者らが培った知見により、10メートル離れた位置からの測定において、水素の爆発下限界の4%を大きく下回る、サブ%オーダーの検出が可能となっている。また、レーザー光を空間掃引することで、2次元、3次元の空間分布計測も可能となる。
著者らは水素漏えい監視向けの水素ライダーを開発し、現在では様々なガス種に対応できるマルチガスライダーとして改良、製品化に至っている。
電気新聞2024年12月9日