電気新聞は10月7日、「変わる電力経営のリスクと対応」と題するオンラインセミナーを開催した。再生可能エネルギーの導入拡大、市場環境の整備と競争の激化、脱炭素社会実現への対応などによって、電力経営は新たなリスクに直面している。当日は第一線で活躍する専門家3人が登壇し、ビジネス面や法律面などから電気事業者を取り巻くリスクの概観などを説明した。今回の特集では各講演の概要を紹介する。
 

変わる電力経営 リスクコントロール経営に向けて

アビームコンサルティング 産業インフラビジネスユニット執行役員プリンシパル
中村 宏明氏

 

「常識」を変え抜本改革を

 
 「企業経営におけるリスクとは、ありたい姿や中期経営計画などの経営目標に対して、外部・内部環境の不確かさが与える影響といえる。例えば、市況商品を取り扱う事業でも経営目標や事業モデルにより、直面する市場リスクは異なる。ヘッジ商品の提供などの手数料ビジネスはリスクはあるが小さい。一方、投機的なトレーディングによる収益が事業目的の場合には大きなリスクを伴う。同じ商品のトレードでも、売買ともに固定価格取引であればリスクはない」

 「この10年で電力業界は全面自由化、法的分離、カーボンニュートラルなどで経営環境が大きく変容した。これまでの電力経営リスクとしては燃料価格、電力販売量、原子力、自然災害、資金調達金利が認識されていた。これに加え、経営環境の変化によって電力市場価格、競争環境、事業投資、気候変動などが新たなリスクとして加わった」

 「電力業界における新たなリスクは、従来から競争環境で事業を行ってきた総合商社などが認識してきたリスクと共通するものが多い。そこで、総合商社で取り入れられている“リスクコントロール経営”について紹介したい」

 「リスクコントロール経営では、企業経営の構成要素全てにリスクマネジメントの観点を組み込んでいる。総合商社ではリスク指標だけでなく、リスク・リターン指標を経営の最重要指標と位置付けている。管理体制でも経営層レベルの委員会、コーポレートのリスク管理専任組織に加えて、事業・リスク責任主体となる各営業部門・事業会社に、事業管理とリスク管理を兼ね備えた事業内ミドルの組織を設けている会社も多い」

 「しかし、電力業界におけるリスクコントロール経営実現に向けては3つの壁がある。1つ目は、規制や総括原価によりリスクを取らない『文化・意識の壁』。2つ目が新たなリスクに対するマネジメント人財などが不足する『組織・人財の壁』。3つ目は安定供給などの従来リスクと収益性などの新たなリスクを両立させる『安定・安全の壁』だ。これらの壁を乗り越え、この経営手法を導入・定着するためには、他業界との共同活動・人財流動、外部専門家の起用など、外からの目線を有効に活用することで電力の“常識”を変えるとともに、小手先のルール整備やシステム導入だけでなく、経営・事業の推進体制の見直しを含む抜本的な改革が必要となる」

 「長期間にわたる全社大での変革となるため、『経営戦略と整合したリスクマネジメント方針の策定』『リスクのマネジメントの仕組みを段階的に整備・浸透』の2点を反映した、実効性がある変革ロードマップを策定することが求められる」

 

大手金融・商社が取り組むシナリオ分析アプローチのご紹介

SASインスティテュート・ジャパン リスクソリューション統括部長
嘉陽 亜希子氏

 

最適手順で財務状況予測

 
 「電力業界は人口減少、電力システム改革、再生可能エネルギーの主力電源化、レジリエンス強化など経営環境が目まぐるしく変化している。政治的要因がビジネスモデルに与える影響も大きい。1994年度以降は設備投資の抑制や経営効率化も進んでおり、今後は必要な投資と競争下での収益確保のバランスがより難しくなってくる。こうした外部環境の変化に加えて、電力各社の内部KPI(重要業績評価指標)も多様化しており、各社の将来の財務状況について見通しを立てることがますます難しくなってきている」

 「個々の影響分析はもちろんだが、実際にはいくつかの環境変化が同時に起こって複数の財務科目が影響を受けるため、定量的に把握するだけでも難易度は高い。それに加え、その状況下での最適なKPIの設定に向けて、経営層は施策として検討しなくてはならない。例えば、設備形成は中長期的な取り組みになるので、場合によっては数年先までの影響を定量化する必要がある。今回、金融機関のストレステストなどで用いられる“シナリオ分析”という手法を紹介したい」

 「まず電力各社のシナリオ分析の変動要因として、主要なリスク要素とKPI項目を提示する。シナリオ分析では、主に(1)財務科目構造の定義、(2)環境変化やKPIがどのように財務科目に影響するかというロジックツリーの定義、(3)想定する将来の環境やKPIの組み合わせを定量的に表したシナリオ――の3つのオブジェクトを用意する必要がある。財務モデリングでは、外部環境変化などの不確定要素(例えば電力需要や卸市場価格)、経営施策を具体的な数値目標に落としたKPI項目(例えば調達単価やシェア)、そして経営として達成したい財務指標(例えばROE)の連関式を定義することで企業の財務・収益構造をモデル化する。このモデルを通して経営課題の構造を可視化、分析できるようになり、関係者間での意識共有や中長期の段階的な戦略策定につなげられる」

 「シナリオ分析は、時間経過に伴って変化するビジネス構造や外部環境などを踏まえた経営戦略を議論するためのツール。年次ごとなどローリング運用によって、戦略の軌道修正に用いることができる。また、個々のリスク要素やKPIの変化が粗利や経費といった財務科目に与える影響を定量化する感応度分析や、シナリオ間や計画・実績間の差分をブレークダウンする要因分析といった分析手法を活用することで、効果的な施策検討や実質的な業績評価を行えるなど多くのメリットがある。SASシナリオ分析プラットフォームは英スタンダードチャータード銀行に採用され、IDCの『2021 Smartest Bank in Asia』を受賞したほか、8月にはデロイト・トーマツ・グループと共同で気候変動リスクの物理リスクをカバーしたソリューションも発表している」

 

制度の状況と法的リスク概説

シティユーワ法律事務所カウンセル 弁護士
島田 雄介氏

 

事業、法・制度十分理解を

 
 「電気事業は発電、送配電、小売りの3つの事業に分けられている。発電と小売事業は自由化された状況で、送配電事業は許可制となっており、競争分野と規制分野が存在していることが特徴である。ただ、消費者に電気を届けるためには送配電事業がなければ成り立たない。その意味で自由化されている発電、小売事業は規制分野と関与しなければ成り立たず、送配電事業の規制次第で事業活動に影響が及ぶ」

 「その他の特徴として、商品としての電気自体は全て均等の性質を持つということも挙げられる。電気自体の品質による差別化はできないが、同時同量を維持する需給調整能力などが商品価値となる。昨今は脱炭素化の潮流により、非化石証書などの付加価値も加わっているが、これらの価値は制度の仕組みによって変化しうるものだ。インバランス料金の制度の在り方も電気事業の経営に大きく影響する。そのため、事業に関係する電気事業法をはじめとする法律・制度に十分注意を払わなければならない」

 「電気事業の法的リスクを確認する。1つ目は法令違反だ。電気事業法は昔からある法律であるが、2016年4月の小売り全面自由化から大きく変化している。企業は、電気事業法に関する文献や新たな事業形態の経験の蓄積が薄く、現状の活動が違法なのか、法令の条文解釈で理解に苦しむ場面もある。知らずに法令違反を犯してしまうリスクもあるだろう」

 「2つ目は制度変更リスク。容量市場の見直し、託送料金制度改革、小売営業に関する指針、経過措置料金規制の改正など、電気事業の経営に影響する制度改正が多く予定されており、今後の制度変更にも注目する必要がある」

 「これら法律・制度変更リスクとの向き合い方は、事業そのものと法・制度を十分に理解することに尽きる。事業者はそれぞれ事業内容や顧客が異なり、関わる法律も変わってくる。その条件を無視し、『他の事業者が行っているから』と安易にまねをすると、法令違反となる恐れがある。そのため、自社の事業内容をしっかりと理解する体制を整備することが何より重要だ。電気事業はまさに公共インフラ、適切に法令遵守できなければ不信感を持たれる。過去の営業手法が常に使えるわけではない。監督官庁の動向を常に注視し、制度変更リスクに備えることも大切だ」

 「そのため、電気事業者はどのような法律がどのように適用されるかを常に正確に把握しつつ、将来の制度変更を予想していく工夫が求められる。今後も電力経営に影響を与える制度変更が予想されるが、全く予想ができないわけではない。国の審議会などの状況をチェックすることなどで、最新の検討状況を把握できる。そういった方法も取り入れながら、将来を見据えた対応を検討頂きたい」

電気新聞2021年11月4日