昭和の電化遺産100|電気新聞

 「昭和100年」の節目を迎えるにあたり、電化という側面から昭和という時代が果たした役割を検証する本企画も最終回を迎えた。筆者を務めていただいた「都市と電化研究会」の橋爪紳也代表(大阪公立大学特別教授)と西村陽氏(大阪大学招聘教授)のお二人に連載を振り返りながら語り合ってもらった。

橋爪紳也氏(左。大阪公立大学特別教授、都市と電化研究会代表)と西村陽氏(大阪大学招聘教授)
橋爪紳也氏(左。大阪公立大学特別教授、都市と電化研究会代表)と西村陽氏(大阪大学招聘教授)

1.連載を振り返って/経済成長、グローバル化と軌を一にした電化の進展

 本連載は全12回で構成、序論とまとめの間、カテゴリー別に昭和の電化の特徴をみてきた。各回構成は「発電所」「電波塔と送電塔」「家電」「送変電・配電技術」「都市・観光・夜景」「通信・コミュニケーション」「業務用電化」「鉄道」「産業用電化」「忘れ得ぬものたち」の10編で構成した。
 

 西村 連載前半の電力設備形成の話のあたりでは、資源小国の日本が経済大国になっていくことを支える苦労がよく見えた。火力が主軸になるまで成長を支えたのが水力で、昭和初期における電化のスターはやはり水力と改めて認識した。鉄塔の回では、日本の国土形状から必然となる島間連系という特徴がよく見えた。送変電・配電では、GIS(ガス絶縁開閉装置)など世界トップの技術を構築してきたわけで、これが基礎であり財産になっている。特に配電自動化技術などは、分散資源との協調が重要となるこれからの電力システム構築に生きている。
 

 橋爪 日本の産業政策は明治維新から第二次世界大戦の前までは欧州をモデルに進められてきた。これが途中から―特に戦後が顕著なのだが―、米国の影響下で大量生産・大量消費モデルに変わっていく。象徴的なのが家電だ。技術開発の面でも国際化が進み、関東大震災のSOSを世界に発信するなど電信の分野でもグローバル化したのが昭和。さまざまな意味で、日本がグローバル化したのが「昭和の電化」を表す大きなポイントだろう。
 

 昭和の電化、といえば思い浮かぶのはやはり家電。なぜこんなに日本の家電が発展したのだろうか。
 

 西村 家電で稼いで、日本は豊かな家電王国になった。マイコン技術などの導入で、電気技術が初期的などものから大きく性能が飛躍する時期と日本の内需が急拡大するタイミングが重なったことが大きい。もともと日本人は家電が大好き。これは米国の影響もあって、1920年代のGE製品を中心とした家電ブームから、30年遅れぐらいで日本に来たうねりだ。連載に書いたが、ブラック・トリニトロン、キドカラーなど、こんなに画質にこだわる国もめったにない。消費者の意識の高さがそういう高度な製品を作ったともいえる。
 家電でいうと、それまで倣ってきた米国にはなかったものが開発されていく。こたつ、炊飯器、もちっこ、たこ焼き器など…、特に炊飯器の技術革新、「かまど炊き」などというような技術の突き詰め方は他の国の電化にはないのでは。マイコン制御が入ったことがきっかけだと思うが、「もっとこうしたら、良いモノが」という発想からの技術革新は日本独特のものだろう。炊飯器に象印などのメーカーが参戦してくるのも面白い。

 

 橋爪 そういう突き詰め方に考えが向くのは、水道の蛇口を捻るがごとく、コンセントを繫いだら安定した電気が送られるというのが前提にあるからだろう。そういうふうに潤沢に電気を使えなければ生まれない発想ではないか。日本人が「安定した電気を社会全体で享受できる」ということを前提にできるようになったのは戦後、昭和の後半であって、意外に最近のことだ。停電率の低下も進み、まるで空気のごとく電気がある暮らしに、私たちが慣れてしまった。電気製品依存症という感じがある。電気のない暮らしには戻れない。たった1日でも電気が使えないとかなり心理的な負担が大きいと思う。
 

 西村 配電自動化システムというのは世界にあまり例がない技術で、これは日本人の停電回避に対するニーズが異常に高いことがある。他の国では配電線のIT化なんて、そんな面倒でコストが上がるようなことはなかなかやらない。構想として、技術的にはもちろん可能だろうけれど、電気料金もなんとか抑えつつ、それをエリア内全域で導入してしまう、という判断は日本の電力会社の凄いところだと思う。そういう特徴が、日本国内ではあまり意識されていないところがあるけれど。
 

 産業システムや社会インフラなど、家電のように手触りがなくとも、バックグラウンドの電化も加速した。なかなか目につきにくいところでもあるが、日本が世界の産業革新に果たした役割は大きい。
 

 西村 油圧と蒸気という動力が電気に置き換わるとイノベーションのスピードが格段に上がる。さらに情報化されるので、ソフトウエアの開発スピード、制御系のソフトのアップデートのスピードが加速していくと、他の技術では追いつけなくなる。飛行機と自動車という移動系はまだこれからの分野だが。電気によって動力を制御しやすくなるということが、全ての産業に影響を与えたのが20世紀の後半。そこに情報通信の技術開発が加わり、さらにスピードが加速したのが21世紀だ。
 日本の工場の生産システムには大抵優れたSCADA、いわゆる監視や運用を即応制御するシステムが導入されており、それがさらにロボット技術に発展している。この生産制御システムは日本の強みだ。産業システムに関する技術は、日本は相当しっかりしている。よく半導体分野などで「日本は世界に遅れをとっている」と言われるが、一部の最先端システムの競争を指しているだけで、多くの半導体工場の生産ラインは全体が日本製だったり、日本の製品技術を導入していたりする。アジアの生産システムは相当、日本の技術が支えていると思う。
 

 橋爪 最先端技術のタネはあっても、日本では社会実装に時間がかかってしまうという課題もある。そうした背景もあってか、過去にも相当優れた技術だったにも関わらず、世界標準になれなかったものもある。これまでは日本の内需が強いことで採算がとれてしまい、世界を意識せずガラパゴス化してしまった、ということもあったが。
 

 西村 作り込み過ぎるというのもある種の癖で、日本の消費者が求める品質の水準が厳しいということもある。日本では「これでは我が社の製品としてとても出せない」というような段階であっても、例えば中国ではトライアルとして世に出してみようとなる。安全性、高品質というところに高いハードルを掲げ、それが「メイド・イン・ジャパン」のブランド、高付加価値となった黄金時代があったがゆえに、これからの最先端の部分では世に出す時間が遅れてしまい、勝つのが難しいという状況に陥っている。そこは発想を少し変えてでも、頑張らなければならないところだろうね。
 学びがあるのは、蚊取りマット。これは蚊取り線香からはじまっているけれど、アジア地域をはじめとして、マラリア禍対策など衛生面などで世界の多くの人たちを救った電化の名品だ。こうしたモノを開発した、名も知れぬ日本の技術者が世界に与えた影響は計り知れないということを改めて実感した。安全面、衛生面など、日本の厳しい消費者の基準を超えて国内に普及したものは、爆発的に世界に出る可能性を秘めている。そういうものが今後も出てくればと願う。
 

2.昭和の電化と暮らし/ライフスタイルや「文化」の形成に密接な影響

 「昭和」ということばで日本人が描くイメージは、テレビを中心とした家族団らんではないだろうか。一つの情報発信源を国民各層や家族が共有し、同じ時間で同じ体験をする。文化の形成に電化が大きく関与したのも昭和の特徴といえそうだ。 
 

西村陽氏(大阪大学招聘教授)
西村陽氏(大阪大学招聘教授)

 西村 データはあっても「データ」として明確に認識して活用するという意識はなかったのが昭和であり、そのため、マスマーケティングが重要になった。消費者にダイレクトにリーチする手段としてはテレビコマーシャル(CM)がメインで、CMをはじめとしたマス広告などが全盛だったのが昭和。ほぼ全国民が「知っている!」と言う現象が起こりえた。多層化した消費者に個別にマーケティングする手法が成り立つ時代になって、逆にそれはできなくなった。紅白歌合戦の歌は家族みんなで歌えるというようなことも起こりえたから。
 

 橋爪 文化の概念が「世代を超えて共有できるもの」とすれば、世代別かつグローバルにセグメントされ、それぞれの価値観が異なることが明確化された今の文化はどう定義すべきか、ということになる。昭和の戦前期はラジオが家庭団らんの中心にあり、戦後はこれがテレビに変わった。社会システム、暮らしや文化の中に位置付けられた電化だ。通信も同様で、初期のころは早期に電話を導入した家が近隣を呼び出すなどが行われていた。まずコミュニティの中に電化機器が配置され、それが普及期に入り、次第にそれぞれの家庭に入っていくという段階を踏んできた。
 

 西村 米国の黄金時代は1950年代。休日は家族でシボレーにのってショッピングセンターに行くというような、トランプ大統領が思い描く黄金時代のアメリカがあった。同じように、幸せな家族団らんの姿を日本で描いてみると、バブル崩壊(1991~92年)の前まで、1962年ごろから80年代までになるのだろうか。
 

 橋爪 日本の文化という面で、大きな転換点が昭和の終わりと共にあったということか。家族全員でアポロの月面着陸やアベベの快走を見ていたよね。家族が全員で同じ時間に同じものを見る、同じ記憶を持っているという時代。
 

 西村 昭和の懐かしい記憶、家族一体という幸せの中心にテレビがあったりするわけだから、電化がもたらした家族の幸せな記憶というのは昭和の特徴のひとつだろうね。
 

 いま日本発のカルチャーとして注目を集めるクールジャパンも、昭和に萌芽があった。電化も密接に関係している。 
 

 西村 シンセサイザーのところで紹介したヤマハのDX7。それまで1000万円程度はしていたものが30万円を切る価格で世に出たことで、電子音楽の可能性が一気に世界に広がった。ヤマハDX7がなければ、世界中の素人バンドがシンセサイザーを使って音楽作りを楽しむこともなかっただろう。ボーカロイドも日本発と言っていい。音楽やカルチャーの面で、日本の電化技術が世界に与えた影響は大きいと思う。
 

3.2つの大阪万博と電化/技術のショーケースの前回から、役割が変化

 「2025大阪・関西万博」万博が終わった。都市と電化研究会は「万博と電気」の著書もある。今回の万博の総括はこれからというが、2つの大阪万博の役割はやはり異なるようだ。 
 

橋爪紳也氏(大阪公立大学特別教授、都市と電化研究会代表)
橋爪紳也氏(大阪公立大学特別教授、都市と電化研究会代表)

 橋爪 20世紀は高度情報化の時代と言われ、世界中が情報化によって人類はさらに幸せになると皆が信じていた。それはその後も進展し、「インターネット・ネイティブ」「スマホ・ネイティブ」の世代が生まれ、これからの子どもたちは生まれたときからAIが社会に組み込まれた「AIネイティブ」の世代となる。今回の大阪・関西万博では、そうしたAIがバックグラウンドに自動的に組み込まれた社会のプロトタイプを、様々な形で見せていた。
 これからはAIの時代といわれるが、生成AIで情報を作るということだけでなく、バックグラウンドでAIが入っている機器の展示もたくさんあった。人類はこの先、普通にAIと一緒に暮らしていくことになり、AIは人間が担っていた領域、例えば労働を奪っていくことになる。SFでは、こういう過程でAIが意思を持ちはじめて暴走し、やがて人類と対決していく形になってしまうが、そういうディストピアにならないよう、人とAIが共存していく未来を模索するというテーマが今回万博の背景にある。企業、国、主催者ら、それぞれが今後、今回の万博が示したもの、果たした役割などについてこれから総括していくことになる。元々、万博のレガシーの考え方には「+beyond」ということで、万博を起点にこの先の未来を描くという目的があった。その「この先」をどう示せたかということが評価の軸になるだろう。
 今回、ひとつ明確に見えたと思っているのが、日本が世界的に遅れているのが認証、クレジットに関する部分だということ。顔認証とか、そういう個人を特定していくもので、これは日本に技術力はあっても、法規制や社会の受容性という面で実装されていないことがネックになっている。次世代の社会インフラに関する電化において、日本の場合、技術力ではなく社会的な仕組み、法的整備、受容性の問題が大きい。
 

 西村 今回の万博で見せていたように、自動運転技術も機能するし、無線給電も技術的には実用化に近いことはわかっている。なぜ中国で実装へのスピードが速いかといえば、例えば深圳で自動運転車を走らせていても、そのエリアで子どもが急に飛び出してきたりはしない。日本のように、下町に隣接してビジネス街があるというのとは違う。逆に、日本の難しい条件、そのハードルを越えられれば、世界の何処でも通用するということになる。これから、モビリティ、移動体の電化もゆっくりと進む。ドローンで人や荷物を運ぶということは一般的になっていくと思うが、中国でそれが可能になったといっても、世界でそれと同じ仕組みで導入できるかといえばそこは簡単ではない。
 

 橋爪 一番ハードルの高いテスティングフィールドが、日本ということだろうね。
 

 前回の大阪万博で示された未来は、実社会に定着したものもあれば、実現しなかったものもありそうだ。逆に、前回の万博を意識したレトロなものが若い世代の人気を集めたようなところもあった。 
 

 橋爪 前回の大阪万博は時代の転換期に行われた。それ以前の万博はモノの展示会という様相だったが、大阪万博あたりから情報展示に切り替わった。高度情報化社会を見せていくという意図を見せる先駆けが前回だった。マルチスクリーンやテレビ電話などがそれで、便利になる世の中、特に電化によって豊かになる社会をプロパガンダした。運営的にも、会場内の情報をセンターに集中化し、場内に伝達したので、ポケットベルが大活躍したということもあった。情報の中央制御というのはそれまでにはない新しい取り組みだったが、こうして前回万博で運用された技術はゆっくりではあるが、着実に社会に実装されていった。
 一方で、今回の万博で近未来の社会に実装されそうなものは何だったろうか。「待たない万博」を目指したが、先に指摘したように認証技術などの活用が難しく、あるべき姿を描き、見せられたかというと微妙なところ。逆にレトロやアナログなものがバズったりした。前回の万博、昭和のノスタルジーを意識した展示を行ったところもある。SF的な意味での未来への期待感というのは、今回はあまりない感じではあったように思う。
 

4.令和から先の電化の姿とは/豊かさを形成した昭和 平成以降は多様化へ

 電化がもたらした生活や社会の文化を端的に示すと、「暮らしの豊かさ」が昭和、「ライフスタイルの多様性」が平成、というような大きなくくりができそうだ。それでは令和、それ以降の時代はどのような方向に向かうのだろうか。 
 

 橋爪 「豊かさ」と「多様性」はすでにベースの価値となっていて、当たり前ゆえに意識されるようなところはない。多様性については今後さらに細分化していくだろう。
 電化製品でも、例えばスマホは工場で生産、出荷した段階ではみな同じものだが、個人がそれを実際に使う段となれば、入れているアプリも、デコレーションやケースなどによって見た目も、ひとりひとり全く違う製品にカスタマイズして使っている。大量生産したものは、それぞれが自分流に合わせていったものを使うというのが前提となっている。生活全般にそうした意識が及んでいて、メーカーなど、サプライサイドが想定していない使われ方が流行するなどのケースも多々ある。
 さらに、それをAIのリコメンドに従っている、というようなところもある。これからはAIに使い方を頼っていく場面も増えてくると思う。やり過ぎれば、AIに「自分とはなんぞや」の部分を決められていってしまう。そうしてAIに頼る場面が増えれば、社会は多様性ではなく、画一的な方向に収斂(れん)されていくことがあるかもしれない。
 

 AIとの共存は、未来の社会において必須の要件になりそうだ。一方で、AIが取って代わるのは、画一化されたようなホワイトカラーの仕事という見立てもある。むしろAIには代替できないエッセンシャル・ワーカーの仕事、実際にインフラを構築したり、現場で運用したりする仕事や、介護職などの価値が高まっていくという予想だ。 
 

 西村 社会を維持する供給インフラとしての電気は、その重要性がますます高まっているし、いわゆる電力供給側のインフラだけでなく、需要側、工場や建物、家庭も含めた内線工事や通信インフラ整備なども、ニーズがとても高い。家電製品そのものは世界的にも多様な作り手が存在しているが、電気工事、システムの構築と維持管理については、これからもずっと国内での需要が減らず、必要性が高い。そこは本当に大切な技術と人材になる。
 

 橋爪 これからの人口減少を補うためにAI、ICTを活用するという議論がまずあるが、世界全体でみれば、人口は爆発的に増えている。そして人口が増えている国は急速に都市化が進む。世界人口の過半が都市に住むということになったのは21世紀に入ってからなのだが、アジアもそろそろ人口の過半が都市住民になってきている。そうして豊かになると、少子高齢化が進む。これは人類の歴史、社会全体で起こっている流れといえる。
 これから人口爆発する国では需要が拡大し、急速に電化が進むだろう。一方で、我々のような少子高齢化する国は人口減少の問題、インフラの担い手不足などを電化で解決していくことが求められていくので、それを実現できれば世界最先端モデルにもなれる。
 欧米各国は人口減少に向かう時代に、移民を受け入れることで人口ピラミッドを補正した。米国はその典型といえる。日本はこれからどうしていくのか…技術革新にソリューションを求めているという方向のようにみえるが、結局、外国人労働者を受け入れるか、効率を上げる技術革新を強化していくかの二択しかないと思う。
 

 連載を改めて振り返ると、昭和に日本の電化の基礎があり、それは懐かしさであると共に、おそらく「今とこれから」の日本人にとっての大きな財産といえる。 
 

 西村 改めて思ったのは、昭和は日本がすごく輝いていた時代だということ。その時代に作ってきたこと、あったものが今日に生きている。それは、今回筆者の橋爪、西村の両名が64歳ということで、昭和後期を生きてきた世代であるというのも大きかった。昭和は懐かしいものであると同時に、今も、未来にも生きている。こうした財産を次の時代の新たな価値につなげていくことが大切だということを感じている。
 

 橋爪 電化とは、そのことばのように「電気を用いることで化ける」、電気によって変化するものだと思う。昭和は、電気によって社会や暮らしが化け、大きく変化してきた時代だが、変化に気がつく余裕もなく、とにかく猛スピードで前に進んできた。それをこうして振り返ってみると、10年、20年という短い間で、世の中が劇的に変わってきたことがよくわかる。
 現在も、AIやロボットの技術進展があり、おそらくすさまじいスピードで変化しているはずだが、渦中にいるとあまり気がつかない。リアルタイムで進む変化に人は鈍感だが、極めて短期間で、劇的に電化に関わる技術は変化している。それを実際に使いこなすことに苦労しているという状況にある。
 電化とは、人間の能力を高める、人間の能力を拡張するものであると考えてきた。わかりやすい例でみると、昔は何十日もかけて歩いていた東京・大阪間の移動も、新幹線を使えば数時間で可能になるわけで、電化が人間の身体能力の拡張という役割を果たしている。インターネットにしても、紙に記録された情報をひとつひとつ手作業で調べていたものが、電子化され、人々に共有されることによって一瞬で検索することが可能になった。次はAIによって要約され、新たに情報が生成されていく。人間の能力の加速を電気が促し、これがますます発達する世界となるだろう。そうした技術や文明を人類がうまく生かし、これから先を豊かな時代にしていければと思う。