電力設備の高経年化や人手不足、自然災害リスクの増大を背景に設備の長寿命化や保守の効率化、安全性向上への期待が高まっている。その実現を支える技術の一つとして期待されているのが高分子材料である。本連載は電力設備への適用が期待される高分子材料技術として、自己修復材料、簡易水害対策材料、火災防護対策材料を3回にわたり紹介する。第1回は損傷を自ら修復する機能を備えた自己修復材料を取り上げ、その仕組みと電力設備への適用可能性について解説する。

 自己修復材料とは、外部から損傷を受けても自ら機能を回復する能力を持つ材料である。人間の皮膚が傷を修復するように、材料内部で損傷が発生した際に自律的に修復が進むことが特徴である。近年は世界的に研究開発が活発化しており、高分子材料分野における有望な技術として注目されている。

 自己修復の方式にはいくつかの種類がある。代表例として材料内部に修復剤を含むカプセルを分散させ、亀裂の発生時に修復剤を放出して損傷部を埋める方式や、弾性を持つ高分子材料を用いて変形後に元の形状に回復する形状記憶方式がある。

 一方、紹介する材料は高分子の結合構造そのものに修復機能を持たせる方式。切断された分子結合が再び結び付くことで、材料が自ら損傷を修復する。

 現在、我々はムール貝の接着機構を模倣した自己修復材料の研究を進めている。

 ムール貝は岩場に強固に付着しながら、波による繰り返しの力を受けても容易には剥がれない。この優れた接着能力は、足糸と呼ばれる接着組織に含まれる「カテコール基」に由来する。カテコール基には結合と乖離を可逆的に繰り返す性質があり、外力が加わっても接着能力を維持できる。

 開発中の材料では、このカテコール基を利用した可逆的な架橋構造を形成している。物理的な衝撃などによって結合が切断されてもその後再結合することで自己修復性を発現する。実験では、材料を切断した後でも引っ張り強度が回復することを確認しており、優れた自己修復性能を示している。また、本材料は自己修復性に加え、高い接着性を兼ね備えていることも大きな特徴である。


 ◇電力設備に適用へ

 電力設備では、鉄塔や鋼構造物の腐食対策として塗装が広く用いられている。しかし、塗膜には紫外線や風雨、飛来物などの影響により微細な傷や亀裂が発生し、そこから腐食が進行する場合がある。

 自己修復機能を有する塗料を適用することで塗膜内で損傷部分が自律的に修復され、鋼材の露出を抑制する可能性がある。さらに、塗膜の剥離や塗膜下腐食の発生抑制も期待される。

 実際に、深さ約40マイクロメートルの傷を付与した試験では、時間の経過とともに傷が修復し、数時間後にはほぼ消失することを確認した。また、屋外暴露試験においても、防食性能の向上を示唆する結果が得られている。

 一方で、カテコール基は紫外線の影響を受けやすく、粘着性を有することから、現状では最表面への適用が難しい。このため、自己修復材料を下地塗料として用い、その上に従来塗料を組み合わせる多層構造を検討している。塗膜内部に自己修復層を設けることで、表面に生じた微細な傷や塗膜の剥離部分を自律的に修復し、鋼材を腐食因子から保護することが可能となると考えられる。

 ◇保全の考え方を覆す

 自己修復材料の適用により、塗膜寿命の延伸による設備の長寿命化だけでなく、点検周期の延長による保守作業の効率化やライフサイクルコストの低減につながる可能性がある。また、高所作業の減少による安全性向上も期待される。

 設備の高経年化が進む電力業界において自己修復材料は「壊れたら補修する」から「壊れる前に機能を維持・回復する」保全への転換をもたらす技術といえる。今後、耐久性や適用範囲に関する検証を進めながら、設備の長寿命化と保守の効率化への貢献を目指していく。

電気新聞2026年8月31日