◆貯水槽の耐震性を向上/8の字形パネルで制振

 未曽有の被害をもたらした東日本大震災。この時、多数の貯水槽が破損していた。貯水槽は避難場所などの重要施設に設置されており、ライフラインとして重要な設備。災害拠点医療機関では、貯水槽の破損による患者受け入れ停止や入院患者の転院などの事態が発生した。中央大学理工学研究所・総合政策学部の平野廣和教授のグループは、産学連携で破損原因を究明し、貯水槽の耐震性向上のための制振装置を開発。病院などの施設に採用され、“命の水”を守っている。(倉持 慶一)

試行錯誤の末「8の字」形パネル方式に行き着いた
試行錯誤の末「8の字」形パネル方式に行き着いた

 装置の名称は「浮体式波動抑制装置~タンクセイバー・波平さん~」。中央大学、NYK(東京都中央区、後藤誠社長)、十川ゴム(大阪市、十川利男社長)の3者が共同で開発した。装置は幅205ミリメートルの特殊柔軟性ポリエチレン樹脂製の板状パネルを8の字形に組み立て、水槽内に浮かべるだけのシンプルな構造。施工性に優れ、コストを抑えつつ貯水槽を破損から防いでくれるのが特長だ。

 ◇震災で多く破損

 震災では仙台市内の公立小中学校196校中62校で、貯水槽の破損被害が発生。そのうち、11校では貯水槽が完全に破壊されていた。ただ当時は、「貯水槽には目がいっておらず、壊れていることさえ知らなかった」(平野教授)。3者は発災から半年後、破損原因の究明と貯水槽の耐震性向上のための制振装置開発プロジェクトを始動させた。

 貯水槽はなぜ破損したのか。原因の一つは、地震で発生する振動周期とタンク内溶液の固有周期が一致することで内溶液が大きく揺れる「スロッシング現象」。同現象による同様の被害は、阪神・淡路大震災や中越沖地震などでも確認されている。

 3者は「施工性」「コスト」「衛生面」などを考慮しながら装置の開発を進めた。振動実験では、小型模型から縦横高さ3メートルの実物大の貯水槽3タイプ(FRP〈繊維強化プラスチック〉製パネルタンク、SUS〈ステンレス鋼〉製パネルタンク、鋼製一体型タンク)を用いて実施した。実験の過程で、8の字形パネルを組み立てる方式の装置を考案。同装置により波高を半減し、加振終了とともにすぐに波高が減衰することを確認した。

 これは、液体が同装置のスリットを通過する際に抵抗力が生じ、水の粘性が見かけ上、大きくなることを利用。これにより減衰が付加され、流速を抑えて波高を低減するメカニズムとなっている。

 ◇病院などへ30基

 実験当初、井桁に組んだ固定式のパネルを使用する予定だったが、現場で浮体式の井桁、浮体式の8の字形へと形態を変えていった。一見、単純な形ではあるが、8の字形に行き着くまでに様々な試行錯誤を重ねた。平野教授は「異業種が参画していたからこそ、井桁から脱却し最終形にたどり着いた。我々のみだったら実用化を考慮せず、浮体式の井桁で終わっていたかもしれない」と振り返る。

 パネルはタンクの大きさに応じて、その場で組み立てられる。8の字状に曲げたパネル同士をボルトで接続し、水深の4分の1まで入れるのみのため施工が容易だ。20トンタンクであれば、30分程度で組み立てられるという。また、塩素や高圧洗浄に耐え、衛生面にも優れる。年に1度義務付けられている定期清掃時に施工すれば、施工費の抑制が可能。「タンクの取り換えと比べ、数十分の1のコストで済む」(平野教授)と試算する。

 昨年8月、災害拠点医療機関である横須賀市内の病院に第1号を導入。その後も病院やマンション、老人ホームなどへ約30基を導入しており、現在も引き合いが多い。

 生活用水が絶たれると日常生活に支障を来すだけでなく、感染症の発生など衛生面にも大きな影響を及ぼす。そのため、水の確保は極めて重要となる。「配水池、さらには東京電力福島第一原子力発電所の汚染水タンクにも応用できるのでは」との期待を示す平野教授。来るべき地震に備え、先手先手の対処を講じることが必須だ。

◆大学概要

 1885年、「英吉利法律学校」として創設。現在、6学部、大学院8研究科、専門職大学院3研究科の他、9研究所、4付属高等学校、2付属中学校を擁する総合学園へと発展している。文系学部は多摩キャンパス(東京都八王子市)、理工学部は後楽園キャンパス(同文京区)に拠点を置くが、2022年までに法学部を後楽園キャンパスに移転する予定。

◆平野廣和教授の話

 残念なことに、現物を見ないで巣立ってしまう学生が多い。特に工学系の学生にとって、ものづくりを習得して大学を卒業することは非常に重要だと考える。今回のように、実験をしながら計算もするという現場に即した実験は、学生にとって非常に有益だ。“ものづくり”とはどういうことか、実践を通じて理解・習得できるのではないか。