両手で抱えきれないほどの愛妻弁当を受け取る週の始まり。宗教上の理由で、ヤギ肉カレー、鶏肉カレー、マメのスープ、ゆでたホウレンソウなど、合計5日分。人里離れた山奥の変電所で口にする度、故郷や社宅に残した妻や子を思い出す――。
全国で電気工事などを手掛けるサンテックは人手不足にあえいでいる。架空送電線や地中送電線、変電所工事などを手掛ける電力部門の大卒採用は、2020年度16人だったが、23年度から1桁になり、25年度は6人に激減。大阪の変電工事チームには、2年に1人しか新人が回ってこない。これ以上、人材供給が滞ると技能継承に支障が出る恐れがある。
日本人の若者は取り合いが続く。そこで技術者候補として活路を見いだしたのがバングラデシュ人。同社は16年、屋内線工事の海外展開のため、バングラデシュに拠点を置いた。そのつてを頼って、現地で技術者採用を開始。発展途上のバングラデシュに目を付け、優秀な人材の確保に動いてきた。社員およそ800人中、外国籍は45人。そのうちバングラデシュ出身者は22人で、電力部門に8人在籍する。

◇定年まででも
エムディ・マスド・ラナさんは、大阪支社変電工事チームに所属する19年入社の30歳。日本での勤務を前提に採用されたバングラデシュ人1期生となる。日本人社員と待遇の差は存在しない。サンテックによると、在留資格は5年ごとに更新手続きが要るが、本人が望めば定年まで働くことができる。
同国のラジシャヒ大学で電気電子工学を専攻した。日本文化にひかれ、日本企業への就職を希望。サンテックが第一志望だった。来日前の1年間、サンテックのサポートを受け、日本語能力試験の「N2」を取得。日常会話に問題は無い。日本人に比べ育成コストが増すが、背に腹は代えられない。
今、マスドさんが働くのは、直流と交流を切り替える紀北変換所(和歌山県かつらぎ町)。阿南紀北直流幹線を通じて徳島県の阿南変換所とつながる。00年の運転開始に合わせて設置された制御保護装置の取り換え工事が26年4月まで続く。

バングラデシュ人は多くがイスラム教徒。現場で困るのが食事だ。イスラム教の戒律で食べることが許されている「ハラルフード」は、紀北変換所が立地する和歌山の山中や、近辺の商店ではお目にかかれない。困ったマスドさんは妻に相談。月曜日、兵庫県尼崎市の社宅から、単身赴任先の和歌山に車で向かう際、妻から平日5日分の愛妻弁当を渡されるようになった。宿舎として上司と同僚の3人でシェアする民家で自らご飯を炊き、愛妻弁当とともに持参する。昼食だけでなく、宿舎での朝食、夕食も愛妻弁当。この生活を約2年半続ける。
聖地メッカに向かって行う5回の礼拝も日課。加えてイスラム教の安息日に当たる金曜日には、モスクなどで特別な礼拝を行う義務がある。マスドさんは金曜午後、車で約50分かけてショッピングモール「ららぽーと和泉」(大阪府和泉市)に設けられた専用の礼拝室を訪れ、祈りをささげる。仕事を抜け出すことになるが、イスラム教徒の社員に配慮し、会社が全面協力している。
◇日本で究める
紀北変換所での業務は、宗教上の不便が多い。ただ、マスドさんの目標は揺るがない。実務経験を踏まえ、関西電力送配電が認定する「特A」資格取得を掲げる。50万キロワット級の大規模変電所工事の責任者を任されることが夢。今後も日本に残って、この道を究めるつもりだ。
ただ、この現場にも人手不足が直撃している。制御保護装置取り換え工事の安全、品質管理、監督がマスドさんの本来業務だが、協力会社の職人が思うように集まらず、現場作業の手伝いに徹する日も多い。大規模工事ゆえ、最盛期は2日に1回、現場補助に従事した。「人が集まらなければ、自分たちでやるしかないんです」。サンテックの小嶋雅之執行役員・関西地区担当は訴える。
日中の時間を現場作業に取られ本来業務の設計図作成などを時間外で対応することもしばしば。マスドさんは困惑した顔を見せる。人手不足で採用した外国人技術者が、現場の職人不足に苦しむいびつな状況が続く。
人材争奪戦の様相を呈す建設業。電気工事分野でも、職人確保には好待遇の提示が不可欠になってきた。小嶋執行役員は「関西電力に、労務単価を上げてもらうしかない」と訴える。
データセンター新設、脱炭素などの文脈で電力ネットワーク増強の必要性が語られるが、その担い手となる電気工事業界に人手不足、物価高のしわ寄せが直撃している。関西送配電が発注する送変電工事の現場で何が起きているのか。“揺らぐ施工力”の実態を取材した。
電気新聞2025年12月3日





