[ウクライナショック]識者の見方/手嶋 龍一氏

原子力施設攻撃、どう向き合う


手嶋 龍一氏

 

手嶋 龍一氏
外交ジャーナリスト 作家


 

 いま繰り広げられている悲惨な戦いから我々は何を読み取るべきなのか。プーチンが右手で核兵器のボタンに手をかけ、左手で原子力発電所を手中に収めている。その恐ろしさから目を背けてはならない。日本の有識者もメディアも核を巡る真の脅威を自覚しているとは言い難い。

 安全保障専門家の多くも、チェルノブイリ原子力発電所はベラルーシから首都キエフを衝く途上にあるため占拠したと分析していた。だが、プーチンはチェルノブイリに続いて欧州最大規模のザポリージャ原子力発電所、そして南ウクライナの原子力発電所、核研究施設を次々に制圧してしまった。プーチンの狙いは、単なる発電施設の占拠ではなく「神の火」たる原子力を手中に収めることで、西側に力を示すことにあった。

 それゆえ、今次のウクライナ戦争は、原子力施設の安全確保の点で大きな転換点となるだろう。これまでの戦争や国際テロ事件で原子力施設が本格的な標的になったことはない。我々の時代はウクライナ戦争を体験したことで、原子力施設への軍事攻撃に真摯に向き合わなければならなくなった。周到な防護策なしには原子力発電所の安全など絵空事になってしまった。

 原子力施設が「プーチンの戦争」という巨大なテロルの歯牙にかかってしまった。超大国の米国ですら具体的な防衛策はほとんど持ち合わせていない。

 日本国内では、ロシアの天然ガスへの依存度を下げるため、原子力発電の必要性を訴える声が高まっている。

 超短期の対策なら、実際に停電リスクもあり現実的な選択肢になりうるだろう。だが、原子力施設が軍事攻撃にかくも無防備な実態が明らかになった以上、長期にわたる安定的な電源たり得るか、根源的な疑問を突き付けられたと言っていい。

 エネルギー資源に乏しい日本にとってはより厳しい選択を迫られている。今次のウクライナ戦争から誤った教訓を導きだしてはいけない。

 超短期、短期、中長期と大きな展望に立ち、国家の安全保障に資するエネルギー戦略を構築することが急務だと思う。
(聞き手・九州支局長 長岡 誠)

 <てしま・りゅういち> 1974年慶大経済卒、NHK入局。ワシントン支局長として「9.11」同時多発テロ事件で11日間にわたる連続中継を担当した。「ウルトラ・ダラー」など著書多数。最新作はウクライナを舞台にした「鳴かずのカッコウ」。

(談)


電気新聞2022年4月5日