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[「独立」の真価・規制委発足5年](1)長引く審査、解消の道は

2017/09/19  1面 

◆22日に新体制始動へ/対話不足、課題が表面化

 「ちょっと痛いところを突かれているのかもしれない」

 22日に退任する原子力規制委員会の田中俊一委員長を招き、8月末に都内で開かれた日本記者クラブ主催の記者会見。詰め掛けたメディアとの質疑が進む中、原子力発電所の敷地内破砕帯を巡る規制委の議論の進め方について問われた際、田中委員長が思わず漏らした言葉だ。

 ◇不公平さ露呈

 田中委員長の念頭にあったのは、国内の6原子力サイトの敷地内破砕帯が活断層かどうかを調査し、今年役目を終えた「有識者会合」だ。

 規制委の初代委員長代理で、地震学が専門の島崎邦彦氏が主導して運営された有識者会合は、過去に国の審査に携わった専門家を除外し、推薦は日本活断層学会など4学会に限るといった、メンバー選定の段階から問題をはらんでいた。その結果、東北電力東通原子力発電所、北陸電力志賀原子力発電所、日本原子力発電敦賀発電所2号機は、重要施設直下の地盤の「活動性が否定できない」との評価結果が導かれた。

 2013年7月に策定された新規制基準では、活断層の真上に重要施設を置くことが認められていない。「廃炉」のリスクが高まる中、事業者の反論が十分に受け付けられないなど、規制委側の運営の不公正さも露呈した。

 一連の問題を国会の場で追及してきた浜野喜史参議院議員(民進党)は「そもそも有識者会合に法的な根拠がなかった。議論をみても、本当に科学的・技術的見地から判断しているのか疑わしいような事案があった」と語る。

 14年12月、規制委は有識者会合が取りまとめた報告を「重要な知見の一つとして参考にする」との方針を決定。新規制基準適合性審査の中で議論を継続することで、規制委の責任を明確化した形となったが、それから3年近く、3サイト(志賀は2号機)の安全審査は地震・津波関係の審査が現在に至っても続くなど、有識者会合の評価による余波がまだ尾を引いている。

 ◇1年以上かけ

 新規制基準の施行後、これまで計26基の適合性審査の申請が出されたが、当初は各基「半年くらい」(田中委員長)とみられた審査期間は延び、「合格」第1号となった九州電力川内原子力発電所1、2号機でも原子炉設置変更許可を受けるまで1年強かかった。

 これまで設置変更許可を受けたのは12基で、いずれもPWR(加圧水型軽水炉)。再稼働を果たしたのは5基にとどまる。BWR(沸騰水型軽水炉)は申請から4年近くたった東京電力柏崎刈羽原子力発電所6、7号機がようやく事実上の合格へ秒読み段階に入った。

 審査が遅れた原因は様々指摘されるが、規制委はもっぱら「事業者の準備不足」を理由に挙げることが多い。しかし、福井県選出の滝波宏文参院議員(自民党)は「『(申請者に)ノーと言っていれば仕事をしているように映る』規制の在り方に問題があったのではないか」と語る。

 ◇悪循環脱せず

 もともと規制委は「規制の虜(とりこ)」といわれた旧体制からの脱却や、東電福島第一原子力発電所事故で「地に落ちた規制行政の信頼」を回復させることに、まず主眼を置いてきた経緯がある。意思決定の透明性と中立性を掲げ、審査の模様などはインターネット中継されたが、「独立性」を前面に押し出すあまり、事業者とのコミュニケーションは十分といえなかった。規制要求の「勘所」がつかめない中で、事業者の「説明・データ不足」が指摘されるお決まりの構図が定着した。そうした悪循環が、審査遅延を招いた大きな要因となったことは間違いないだろう。

 言論プラットフォーム「アゴラ」などで規制行政を巡る問題点を発信してきた池田信夫・アゴラ研究所所長は、「『原発ゼロ』を掲げた民主党(当時)政権末期の混乱した政治状況で、人気取りのような形で成立したことが不幸だった。三条委員会といいながら、実態は指揮系統がはっきりしない独立王国のようになっている」と指摘する。

     ◇

 18日で規制委の発足から5年を迎えた。22日には田中委員長から更田豊志次期委員長にバトンが引き継がれ、新体制に移行する。「原子力に対する確かな規制を通じて、人と環境を守る」ことを使命に掲げ、独立性の高い三条委員会として強い権限を持つ一方で、行政組織としての未熟さや審査の長期化など様々な課題が表面化し、「独立が孤立に」といった批判の声も上がった。新体制の始動を前に、規制委に積み残された課題に迫った。(土井 啓史)


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